刑法で不作為犯という概念があります。
不作為犯というのは読んで字のごとく「行為をしなかった」という不作為を犯罪行為とするものです。
不作為犯には2種類あり,条文に規定された構成要件自体が不作為となっているものを真正不作為犯といいます。不解散罪,不退去罪といったものがこれに当たります。
(多衆不解散)刑法第107条 暴行又は脅迫をするため多衆が集合した場合において、権限のある公務員から解散の命令を三回以上受けたにもかかわらず、なお解散しなかったときは、首謀者は三年以下の懲役又は禁錮に処し、その他の者は十万円以下の罰金に処する。
(住居侵入等)刑法第130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
不作為が罪となるというのは,すべき行為をしなかったことを罪に問うものであり,国民に一定の行為(作為)を求めるものである以上,法定刑としては相対的に軽いものになっていると言われています。
他方で,条文上,してはならない禁止行為を定めている構成要件について不作為を犯罪として問うものを不真正不作為犯と呼んでいます。
例えば殺人罪(刑法199条)は「人を殺してはならない」という禁止行為を定めていますが,「殺す」という作為ではなく,見殺しにするという不作為を殺人行為として問うのが殺人の不作為犯です。
しかし,川でおぼれている人を助けなかったという不作為でその場にいた野次馬全員を殺人罪に問うことは不合理であるので(道徳上はともかく),「助けるべきであるのに殺意をもって助けなかった」一定の作為義務のある者にのみ殺人罪の責任を問うべきであるとされ,このため,不作為犯においては罪に問われた者に作為義務があったかどうかが重要ということになります。
ことに,不真正不作為犯は,法定刑が重い構成要件について作為犯と同様の刑事選任を負わせることになりますので,ことさらその認定は重要になります。
作為義務の発生の根拠としては①法令に基づく場合(親の子に対する民法820条の監護義務など),②契約・事務管理(患者が入院している場合の医師や看護師など),③慣習,④条理といったことが挙げられ,特に,条理については先行行為により法益の侵害の危険性を生じせしめた場合には,行為者にはその結果を阻止すべき作為義務が認められる事情として考慮されることが多いとされています。
例えば,ひき逃げした犯人が,瀕死の被害者を車に乗せて「被害者が死ぬかもしれないが死んでも構わない」と思いながら病院に連れて行くなど必要な行為をしなかった場合,被害者を病院に連れて行くなどの必要な救助措置をすべき作為義務が認められ,殺人罪が成立する余地があります。
もっとも,①から④の要素については形式的ににではなく,実質的,具体的に判断されるべきもので,例えば法令違反があった場合に直ちに作為義務が生じるものではないと解されています。
また,不作為犯の場合にも,結果との間の因果関係が必要ですが,不作為犯においては,必要な作為義務が果たされていれば結果が発生しなかったであろうという仮定的に因果関係の判断をすることになります。
この点,先例としては,暴力団員が少女に覚せい剤を注射したところ,錯乱状態となったが救護の措置を取らずに放置し死亡したという事案において,「十中八,九」救命が可能であったとして保護責任者遺棄致死罪を認めたものがあります(最高裁平成元年12月15日)。