労働判例1192号で紹介された事例です(東京地裁平成29年11月30日判決)。
本件は,知的障害(愛の手帳4度・軽度)をもつ従業員(原告)が養護学校卒業後に就職した大手スーパーのベーカリー部門で働いていたところ,就職した翌年から退職した年まで約5年間に亘って,職場の特定のパート従業員の女性から暴言を受けたり腕をつかむ,肘鉄をするなどの違法な行為(暴行)を受けたとして,当該女性従業員と使用者である会社に対して,損害賠償を求めたという事案です。
まず,そもそも,女性従業員からの暴言・暴行があったのかという点に関して,当該女性従業員はそのようなことはなかったと否認していしたが,本判決では,店長が当該女性従業員に対して「原告と他の人を比べるような発言をしてはならない」と注意したという事実から「幼稚園児以下」という発言があったことを認め,また,その同じ月に,原告が自治体の就労生活支援センターの留守番電話に「馬鹿でもできるでしょ」と言われた旨の発言を残していたことから,当該発言があったことは事実として認定し,このような発言は不法行為に当たるとし,また,これが業務に当たってなされたものであるから会社も使用者責任を負うとしました(慰謝料として20万円)。
しかし,それ以外に原告が主張した暴言・暴行については,原告が母親に対して伝えた伝聞に過ぎない,原告が女性従業員からの言動を否定的に受け止めて同人に不利な供述をする傾向があることを否定できないとして認定せず,また,発言や所為の中には仮にそのような事実があったとしても違法性を帯びるものではない,とされました。
事実認定に関しては,要するに,原告が母親に言ったということだけでは事実としては認定できず,店長や支援センターといった被告側が自認するか第三者が認識できる程度に至っていないと事実としては認められないという認定手法ということになりますが,この点については,原告が軽度とはいえ知的障害があったという特性や実際に「幼稚園児以下」といった発言があったことは認定されていること,本件スーパーにおいてはお店と家庭との間で連絡ノートを付けており,その中には,原告が主張するような具体的な発言までは記載されてはいないものの,当該女性従業員が「今日はきつく叱りました」と書いている個所もあることなどからすると,認定の是非については考え方の分かれるところです。
また,本件で,原告は,会社が就労環境整備義務に違反したという主張もしました。具体的には,知的障害のある原告が働きやすいように,パンの陳列作業に従事していた原告の為に見本を用意したり(就労生活支援センターが提案していた),タイマーを設置したりすることや集中力が途切れやすいタイミングで5分から10分程度の休憩をはさむこと(これも就労生活支援センターが提案していた)などをしなかったと主張したのですが,見本がなくても実際に原告が陳列作業はできていたこと,タイマーを設置すると余計に焦ってしまうことも踏まえて導入を見送った経緯があったこと,休憩については実際には原告はトイレに行って長時間戻らなかったりするなどの気分転換の機会を得ていたことなどの点から,その他の点も含めて会社側に原告に対する合理的配慮に欠けたところはないと判断されています。
本件は控訴されましたが高裁において会社が障害者の就労環境整備に努力することなどの条項を含んだ和解が成立しているということです。