判例時報2389号で紹介された事例です(東京高裁平成29年6月28日判決)。

 

 

本件は,不動産の売買契約,決済にあたり,売主(実際には偽者)が登記の手続きに必要な登記識別情報を紛失したというので,弁護士が,売主の本人確認をして登記に必要な本人確認情報を作成交付したが,結果的に売主が偽者であったことから,騙されて当該土地の売買契約を締結した買主から,弁護士が本人確認を怠ったとしてだまし取られた3億円超の損害賠償を求められたというものです。

 

 

現在,不動産の取引では登記識別情報という書類が登記に必要な書類とされ,これを紛失した場合,法務局による事前の確認手続きを経なければ登記ができないのが原則ですが,弁護士や司法書士など一定の資格者が,登記識別情報を紛失した当事者の本人確認を行ったという本人確認情報を添えれば登記ができるということになっています(不動産登記法23条4項)。

 

 

 

不動産登記法23条4項 第一項の規定は、同項に規定する場合において、次の各号のいずれかに掲げるときは、適用しない。
一 当該申請が登記の申請の代理を業とすることができる代理人によってされた場合であって、登記官が当該代理人から法務省令で定めるところにより当該申請人が第一項の登記義務者であることを確認するために必要な情報の提供を受け、かつ、その内容を相当と認めるとき。
二 当該申請に係る申請情報(委任による代理人によって申請する場合にあっては、その権限を証する情報)を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録について、公証人(公証人法(明治四十一年法律第五十三号)第八条の規定により公証人の職務を行う法務事務官を含む。)から当該申請人が第一項の登記義務者であることを確認するために必要な認証がされ、かつ、登記官がその内容を相当と認めるとき。

 

 

本件で,弁護士は初めは司法書士に頼むように言っていたが,知り合いの人間から頼まれて,自称売主の本人確認情報の作成や取引の立会いをすることになり,その方法として,当時は認められていた住民基本台帳カードによる本人確認を行ったが,カードに記載されQRコードを読み取れば,自称売主がいう生年月日とは異なる生年月日が表示されるものであったが弁護士はQRコードの読み取りまではせず,カードの外観や記載の確認,自称売主からの聞き取りなどで,本人確認を行いました。

 

 

一審判決でも控訴審判決でも,弁護士がQRコーの読み取りをすべき義務まではないものとされましたが,自称売主の成りすましを疑うべき事情があったといえるかどうかについて,一審判決と控訴審判決で結論が分かれています。

一審判決は,自称売主が提示したい当該土地に関する遺産分割協議書に記載された売り主の夫の死亡日の記載が誤っていたことや本件の決済が多額の現金決済であったことなどから,弁護士は自称売主の成りすましを疑うべきであり,自ら売り主の自宅に赴くなどして本人確認を行うべき義務があったと判断しました(買主側にも自ら本人確認しなかった過失があったとして4割の過失相殺)。

 

 

しかし,控訴審判決においては,弁護士が本件の決済が多額の現金によりなされるということは売買契約締結時まで認識していなかったと認められること,不動産登記法規則に定められた以外の方法により本人確認を行うべき義務は原則としてなく,遺産分割協議書に押印された印影と印鑑登録証明書の陰影が酷似していることや相続開始日の誤記があったとしても直ちに成りすましを疑うべき事情があったとはいえないと判断しています。

 

 

弁護士が不動産取引の立会いを依頼されてこのようなトラブルに巻き込まれるということは事例としてはわりと多くある印象で,本当に気を付けないといけないなと思います(ちなみに億単位の本件取引で当該弁護士が受け取った報酬としては税込み31万5000円)。