判例時報2379号で紹介された事例です(東京地裁平成29年4月19日判決・東京高裁平成29年8月31日判決)。

 

 

本件は,本人が病院に対して個人情報である自らの資料の開示を求めたという訴訟ですが,改正前の個人情報保護法25条(現行28条)1項1号に該当するとして請求が認められなかったという事案です。

 

 

現行個人情報保護法第28条1項 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる。
2 個人情報取扱事業者は、前項の規定による請求を受けたときは、本人に対し、政令で定める方法により、遅滞なく、当該保有個人データを開示しなければならない。ただし、開示することにより次の各号のいずれかに該当する場合は、その全部又は一部を開示しないことができる。
一 本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
(以下略)

 

 

この点について,診療記録の開示に関する厚労省の指針では,本人に対する診療情報の提供が第三者の利益を害するおそれがあるときについての想定され得る事態として,家族や患者の関係者が医師に対して情報提供を行っている場合にこれらの者の同意を得ずに患者自身に当該情報を提供することにより患者と家族や関係者との人間関係が悪化するなどこれらの者の利益を害するおそれがある場合をあげ,本件の病院もこの指針をもとにガイドラインを策定していたことから,裁判所の判断もこの指針や病院のガイドラインを参考にして判断しています。

 

 

本件で患者本人の情報提供を行っていたのは,本人と友人関係にあった者であるAですが,本人と共に病院を訪問した際に当該Aが認識した本人の病状についての資料を医師に提供していたようです。本人が診察を受けていたのは精神科で,医師は本人について統合失調症として治療を行っていたとのことです。

 

 

その後,本人とAの関係はぎくしゃくし,本人が友人を刑事告訴するというところまで関係がこじれ,本人が病院に対して診療記録の開示を求めた目的についても「警察署に提出するため」ということが申請書に記載されていました。

 

 

このような状況でAが提供した資料を開示した場合,本人がAに対する悪感情を募らせ,既に悪化している人間関係をさらに悪化させ,Aの利益を害するおそれが認められるとして,本人からの開示請求は棄却されました。

 

 

本件は個人情報の開示を拒むことができる場合の第三者の「権利利益」を害するおそれについて人間関係の悪化の恐れも該当するという判断を示したところに意義がありそうです。

 

 

本件は本人と友人関係にあった者が提供した個人情報,また背景にやや特殊な事情も窺われるような事例ですが,患者の家族が医師に対して情報提供するということはよくあることであり,特に精神科であれば,患者と家族の関係は良好ではないことも多く,患者本人が開示請求してきたような場合には参考になりうる一つの事例ではないかと思いました。