判例タイムズ1450号で紹介された事例です(東京地裁平成28年11月10日判決)。

 

 

不動産売買において,当事者の本人確認を怠ったとして司法書士の責任が追及される事例というのが散見されますが,本件は,買主である不動産会社からの依頼を受けて司法書士が売主の本人確認を行ったものの,持参された運転免許証や印鑑登録証明書が偽造であったため,代金を支払ってしまった依頼人である買主から責任追及されたという事例です。

 

 

本件の中心的争点は,運転免許証と印鑑証明書の偽造について司法書士が偽造を見破ることができたかどうかということでしたが,まず,免許証について,判決は,免許証は不動産登記規則72条で定められている本人確認のための資料の一つであって,司法書士は,免許証の提示を受けた場合には,免許証の原本の外観や形状等を見分するとともに,面談の内容を考慮して不審な点がないかどうか検討し本人確認すべき注意義務を負うとしたうえで,本件で,免許証の住所氏名,生年月日等の記載は他の資料とも合致しており,有効期限についても格別不審な点はなく,また,本件免許証の写しの記載からすると売主と面貌が免許証の顔写真と一致している限りは不審を抱くことは通常ないというべきであるとされました。

 

 

不動産登記規則第72条 
2 前項第三号に規定する場合において、資格者代理人が申請人について確認をするときは、次に掲げる方法のいずれかにより行うものとする。ただし、第一号及び第二号に掲げる書類及び有効期間又は有効期限のある第三号に掲げる書類にあっては、資格者代理人が提示を受ける日において有効なものに限る。
一 運転免許証(道路交通法(昭和三十五年法律第百五号)第九十二条第一項に規定する運転免許証をいう。)、個人番号カード(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成二十五年法律第二十七号)第二条第七項に規定する個人番号カードをいう。)、旅券等(出入国管理及び難民認定法(昭和二十六年政令第三百十九号)第二条第五号に規定する旅券及び同条第六号に規定する乗員手帳をいう。ただし、当該申請人の氏名及び生年月日の記載があるものに限る。)、在留カード(同法第十九条の三に規定する在留カードをいう。)、特別永住者証明書(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(平成三年法律第七十一号)第七条に規定する特別永住者証明書をいう。)又は運転経歴証明書(道路交通法第百四条の四に規定する運転経歴証明書をいう。)のうちいずれか一以上の提示を求める方法

 

 

原告は,免許証上の記載である「免許の条件等」の項目の右側にある「眼鏡等」及び「中型車は中型車(8t)に限る」という部分が,本来は「眼鏡等」の上に行を空けない形で記載されるべきであるのに1行空けた形で記載されているのは通常あり得ない位置であって一見して異常,不自然な点があると主張しましたが,この点について判決では他の免許証の記載位置からするとあり得ない位置であるとは認められないとされています。

 

 

そして,印鑑証明書については,本人確認のための資料として定められているものではない上,本件では規則により定められた免許証によって本人確認がなされている以上は,その確認検討は副次的なものに留まるものというべきで,偽造変造であることが明らかであるような特段の事情がない限りは,注意義務違反を問われることはないとし,本件印鑑証明書について,注意深くみると印影,氏名,住所欄に消されたような跡や別の記載があった後が認められるものの,通常の注意を払って見る限りは,氏名や住所の一部文字がやや擦れて見える程度にとどまるので,偽造や変造を疑わせるような事情は認められず,本件印鑑証明書を確認すべき義務があったとはいえないとされました。

本件の約4年以上前に司法書士会から偽造の印鑑証明書が出回っているという注意喚起がされていましたが,これによって当該司法書士の注意義務が加重されることにはならないとされました。

 

 

本件は売買代金1億2300万円に対し,司法書士関連費用が9万円弱とのことです。

いつも思うのですが,大変な金額の権利を保全する重要な専門的な仕事である司法書士さんの重い責任,一文字でも間違っていると登記所から受け付けられない,決済の現場で瞬時に判断しなければならない仕事の重さなどからすると費用が安すぎるのではないかと思うのですよね。

まあ,今回の司法書士さんも保険には入っているようですが(判決によると,当該司法書士は,保険に入っているので申請手続きはするということを言ったところ,自分の注意義務違反を認めたものであると原告から指摘されてしまったようですが,単に保険を利用して損害を填補しようということを述べただけであり責任を認めたことにはならないとされています)。

あと,免許証の偽造ということについても,この件に限らず様々に問題となっていますが,警察に免許証番号を問い合わせても真偽について回答してくれるわけでもないのですが,この点についても,誰からの問合せでも回答できるというわけではないとしても,例えば,事前に免許証のコピーの提示を受けた司法書士が司法書士会を通じて警察に問い合わせれば回答してくれるようにするなど,何か対策が必要なのではないかなと思います。