判例時報2372号で紹介された事例です(大阪地裁平成29年9月20日判決)。

 

 

本件は,原告が経営していた複数の法人に係る法人税法違反などの刑事事件について,弁護士である被告に対し着手金として432万円のほか,「軍資金」として120万円の支払いをしたものの途中で解任したとし,また,不明朗な「軍資金」の請求などをしたことは不法行為に当たるとして被告に対して着手金残金や「軍資金」の返還などを求めたというものです。

 

 

本件の特徴の一つとしては,「軍資金」なる名目で120万円の請求,支払いがされているということですが,弁護人は依頼人である原告に対して「月曜日から工作に入ります。軍資金120万円を月曜日中に現金でお届けください。」というメールを送信し,原告は,検察庁や国税庁に対して情報収集をしたり特別な工作をしたりして再逮捕を免れることができるかもしれないと期待して支払ったものでしたが,本件訴訟の尋問において被告が述べるところによると,その実は,別の弁護士に依頼をするための着手金であったということでしたが,被告は原告に対して使途を明確には説明していませんでした。被告が発行した120万円の領収書にも弁護士報酬の着手金となっていましたが,裁判所は,前記したメールを素直に読めば,原告が前記したような期待をしたとしても無理からぬところであり,被告は,原告に対しその使途を説明すべきであって使途を説明することができないかのような態度で金銭を請求することは説明義務違反であるとし,「軍資金」がすでに支払った着手金に加えての弁護士費用のことであると分かっていれば,原告は支払いをしなかったものと推察されることから,この120万円については返還すべきであると判断しました。

 

 

原告が被告に対して支払った着手金432万円について,原告は,被告が協力弁護士として依頼した検察官経験のある弁護士に着手金として支払った150万円に加えてせいぜい50万円程度を除いた金額を返金すべきであると主張しましたが,判決では,返還は本件委任の目的は他の弁護士と協力して検察官や国税庁に対して情報収集を行い,弁護士とてしての働きかけを行い,身柄拘束を回避し実刑を回避するための弁護方針を立案することにあったとし,被告は受任後他の弁護士の協力を得ながら検察官や国税庁から情報収集を行い,従前の無罪主張を撤回して税理士に依頼して修正申告を行うという弁護方針を立案しその準備を終えていたから,委任事務の履行はしていたと認定し,着手金残金の返金を求めるという原告の主張は認められませんでした。弁護方針の決定は高度な専門知識に基づき,収集した情報を吟味分析したうえでなされるものであり,依頼者に対して助言を行うことは弁護士の重要な職責の一つであり,刑事事件の弁護方針を構築することは依頼者に対する助言としてそれ自体価値のあることであるといえる,としています。

 

 

・・・この点に関しては,「軍資金」のお金の取り方があまりに荒っぽくて説示の内容も具体的であるのに対比すると,表現も抽象的で何とも説得力を欠くようには思います。

ただ,もともと,本件は,依頼人である原告が無罪を主張していた法人税法違反という専門的知識を要する事件であり10万,20万でできるような刑事事件ではないことは確かです。

それでは、幾らが適当なのかといえば,弁護士報酬が自由化されている以上,暴利行為で公序良俗違反であると判断されなければ依頼人と弁護士が自由に取り決めてよいものであり,法人税法違反という特殊性のある事案で,しかも当初は否認含みということなのであれば400万円という着手金もあり得るのだろうと思います(なお,本件では原告側は着手金が高すぎるとして公序良俗に反してそのような取り決めが無効であるという主張はしていないので,裁判所としても金額の高い低いの妥当性までは判断せず,当事者がそれで納得して決めたということを前提に判断したのだろうかと思われます。)

ちなみに,本件の被告弁護士は,悪く言えば手配師的な,よく言えばヘッドクォーター(司令塔)的な位置づけで,前記した通り,受け取った着手金のうち150万円は検察官経験のある弁護士に着手金として支払っており,また100万円の着手金を約束して別の弁護士に支払って動いてもらっています(この支払いを「軍資金」として支払ってもらおうとしていた)。本件で被告の弁護士は方針を修正申告したうえでの情状弁護に切り替えるため,税理士に申告を依頼するための費用として1000万円を請求して原告に断られているのですが,自分でやらずに,しかも,依頼人である原告に十分に説明することなく,次から次に別の弁護士や税理士に依頼するため費用が足りなくなったのではないかと思います。

被告の弁護士が受け取った実際の着手金は源泉処理後の360万円余だったのですが,ここから250万円を別の弁護士に支払うと手残りは100万円程度ということになり,また,全体としてみると,原告側も着手金が高すぎるという主張はしていないし,被告の弁護士ももらった金をまるまる手にしたわけでもないのでまあいいかという結論に落ち着いたという気がしないでもないような気がします。