判例タイムズ1441号で紹介された事例になります(東京地裁平成28年11月17日判決)。
後見の分野などでは「医療同意の可否」という難しい論点があり,これは,意思を表明できない本人に代わって後見人が延命治療を含む治療方針を判断できるかという問題です。結論的には現状,後見人が本人の治療方針について判断するということはできないこととなっていますが,法改正によりそのような判断も後見人がなし得るものとするようにという議論もあります。
仮にそのような改正がされた場合,後見人が判断した治療方針について事後的に相続人らから責任追及されるということもあることになりますが,本件では,このようなことがまさに問題となりました。
本件は,本人(死亡時89歳)と同居する長男とその妻(本人と同居)が本人の延命治療を拒否し,それに従った医療機関が,本人の長女から訴えられたという事案です。
本人は6月18日に倒れて緊急搬送され,約3月後の9月に死亡しましたが,かなり重篤な脳卒中と診断され,経口での栄養摂取ができなくなり,鼻から胃にチューブを通して栄養を摂取する経鼻経管栄養による栄養摂取をしていましたが,医師からは胃婁の造設を進められたものの長男とその妻は拒否し,また,高度医療,延命治療についても拒否しました。
長女側は,延命治療をしてていれば本人はもっと長生きできたはずであると主張したわけですが,前提として,長男らによる延命治療の拒否が違法であるかどうかが問題となりました。
この点について,判決では,下記の厚労省の終末期医療に関するガイドラインの記載を踏まえたうえで,同じ家族の中でも修理付き医療の在り方についてはさまざまな考え方があり得るところであり,延命治療についてどのような意見を述べるかは基本的に個人の自由であって,本件で長男らが延命治療を拒否したことをもって直ちに違法であるものとは言えないとしました。
(厚生労働省 「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」について)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/05/s0521-11.html
しかしながら,判決では,家族のうちキーパーソンとして対応している者が,患者本人や他の家族が延命治療に関して自らと異なる意見をもっていることを知りながら,医師等に対してあえてその内容を告げなかったり,容易に連絡が取れる家族がいるのにその者の意見をあえて聞かずに医師等に対して自らの意見を家族の総意として告げたりした場合には,患者本人や他の家族の人格権を侵害するものとして違法であると認める余地があるとし,本件においては,長女も含めて本人の延命治療を拒否することが合意されたまでは認められないものの,長女が延命治療に関して積極的に反対するなどの意思表明をしていたとまでも認められないとして,長男らが長女が異なる意見をもっているのにあえて医師に対して延命治療の拒否を告げたとか,長女の意見をあえて聞かなかったとまではいえないと判断しました。
そして,医療機関については,前記ガイドラインに沿ったうえで,本件で本人の意思を直接確認することは困難であったこと,キーパーソンであった長男から方針を確認し,家族の意見として集約したことが不合理であるとは言えず医師の裁量の範囲内であるとされ,また,キーパーソン以外の家族がキーパーソンと異なる意見を持っておりそのことを認識しえた場合にはその意見を個別に聞くことが望ましいといえるが本件ではそのような事情はなかったと判断しています。
一見すると筋が通っているようにも見えますが,現場で判断を迫られる医療従事者にとっては悩ましい論理であると思われます。判決では,キーパーソン以外の家族からの意見聴取も望ましいものとして述べられており,家族内での別々の意見を伝えられた場合に,医師等としてはどのように対応してよいのか分からなくなることになります。キーパーソンの意見を無視した場合,その後キーパーソンの関与を失ってしまうことになります。
こんような問題は今後さらに頻発するものと思われ,何らかの制度的な仕組みが不可欠になるものと考えられるところです。