いわゆるオレオレ詐欺事案において,被害者が警察に協力して,騙されたふりをしながら詐欺犯をおびき出して逮捕するという,騙されたふり作戦が展開されることがあります。

 

 

騙されたふり作戦では,被害者が現金を送るふりをして実際には新聞紙や偽の現金などを包んで指定された場所に送付したりして,現金を受け取りに来た受け子と呼ばれる人間を張り込みしていた警察が逮捕するという展開となるのが一般的です。

 

 

この場合,捕まった受け子について,詐欺未遂に問えるのかという問題が生じることがあります。

 

 

そんなの当然だというかもしれませんが,一つには,受け子が「知り合いに頼まれただけだ。」といって詐欺の共謀を否認するケースで,この点については,事実認定の問題として,受け子の弁解内容の合理性などを考慮して,詐欺という認識があったといえるのかが判断されます。認識として確定的に詐欺の被害物であるということまでは認識している必要はなく,「そうかもしれない」程度の未必の故意と呼ばれる程度の認識でもよいのですが,荷物を取りに取ってきてくれと頼まれる中には,オレオレ詐欺の場合もあるでしょうが,違法覚せい剤などの薬物という場合もあるわけで,認識の内容についての立証というのはなかなか難しいものもあるところです。

 

 

 

騙されたふり作戦におけるもう一つの問題としては,法律的な問題で,「不能犯」と呼ばれる論点が絡むことがあります。

不能犯とは,そもそも犯罪結果が発生し得ないような行為についてはそもそも未遂ですら問い得ないというもので,例えば,五寸釘で人を呪い殺そうとしたとしても,そのような行為には人を殺すだけの危険性が全くないので,殺人未遂は成立せずに無罪(犯罪不成立)ということになります。

 

 

騙されたふり作戦において,警察に協力している被害者が送付しているのは現金ではないので,客観的には,そもそも詐欺の結果が発生する可能性は全くないことになります。

被害者が詐欺犯人からの騙しの電話などを受けた時点で,受け子が,その行為にも関与していたのであることが明らかなのであれば,その時点で詐欺未遂が成立しますから問題ないのですが,往々にして,受け子がいつそのような仕事を頼まれたのかが明らかではないことも多く,証拠上,受け子が現金受け取りなどの仕事を依頼されたのが,騙されたふりをした被害者が荷物を発送した後としか認定できないということもあります。このような場合には,犯罪結果を引き起こすことが不能な行為に加担しただけであり,不能犯ではないかということが問題となります。

 

 

 

不能犯であるとして無罪とした裁判例もありますが(名古屋地裁平成28年4月18日判決),その控訴審では,詐欺未遂罪に問えるものとして破棄されています。理屈としては,不能であるかどうかは,行為当時に一般通常人が認識し得た事情を基礎として判断すべきところ,受け子が荷物を受け取りに行く時点では,被害者が騙されたふりをしているということは一般通常人は認識できないので,このことは考慮事情として捨象すべきであり,そうすると,詐欺の結果が発生する可能性のある行為に加担していたことになり,詐欺未遂に問うことができるというものです。

その後も同様の論旨により,受け子について詐欺未遂が成立したとする裁判例があります(福岡高裁平成28年12月20日判決)。

 

 

この問題の根源にあるのは,犯罪というものについて結果の発生を重視し,結果が発生しない行為である以上犯罪として取り締まる必要はなく行為の自由を確保すべきだという思想と,社会の治安秩序というものを重視し,行為からみて危険であると判断されるものについては取り締まっていくべきであるという思想の対立であるということもできます。