判例タイムズ1439号で紹介された事例です(東京地裁平成28年8月10日判決)。

 

 

民法859条の3により,被後見人の居住用不動産の処分については,家庭裁判所の許可を要するものとされています。

 

(成年被後見人の居住用不動産の処分についての許可)
民法第859条の3 成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。

 

本件の人間関係や事案は多少複雑ですが,被後見人(本件訴訟提起後に死亡)と親友のAが共有していたマンションについて買い取った原告が,同マンションに居住していたAの息子(被告 被後見人とも養子縁組をしていた。)に対し,明け渡しを求めたところ,被告からの抗弁として,本件マンションは被後見人の居住用不動産であったのに家裁の許可を得ていないから無効であるということを抗弁の一つとして主張したというのが本件です。

 

 

本件被後見人はいくつかの不動産を所有しており,本件マンションもそのうちの一つでしたが,平成7年の購入後は約6年間程度は実際に居住していたこともあり,また,その後,別の所有建物でAと同居して介護を受けたり,本件マンションで被告と同居したりもしていましたが,最終的には施設に入居していたという状況でした。

 

 

 

本件被後見人には弁護士の後見人がついており,業務上の問題の一つとして,固定資産税等の滞納があったため,後見人としては本件マンションを売却して税金の支払いに充てるという計画を立て,このことをAに話したところ,そのことを聞いた原告(個人)が買い取るという意向を示しました。

この時点で,後見人が調整して売買契約をまとめて事前に家裁の許可を取ればよかったのでしょうが,Aと原告とで勝手に話を進めてしまい,滞納税金の一部を支払ってしまったり,買主(原告)の名前は後見人には教えられないと言ったりと,不穏な空気が漂っていますが,判決文からは詳細まではよく分かりません。この時点で,後見人は家庭裁判所に対して,売却はできそうだが買主の氏名が教えられていないことや,本件マンションに被告が住んでいたため被告が退去しないと不履行になってしまうため,被告の了解が得られなければ売却はしない方針であると報告し,家裁も後見人の裁量に任せると回答していました。

しかし,その後,残りの滞納税金についても原告側の資金で支払ってしまったことから,後見人としては外堀を埋められてせっつかれてしまったのか,事情についてはよく分かりませんが,事実上売買合意がなされて代金の決済もされてしまっていることに鑑みて売却をする方向に方針を転換したようで,家裁に対してその旨報告され,家裁も後見人の裁量に任せると回答し,さらに民法859条の3に基づく居住用不動産の処分許可の申し立てがなされました。

しかし,この申立てはすぐに取り下げられているようで,その理由については判決文からは判然としません。家裁としては居住用不動産に該当しないと判断したようにも思われます。

その後,後見人も交えて売買契約が取り交わされ,その際,概ね1年間は被告が居住してもよいということが合意されましたが,そもそも被告は当事者として合意したわけではなく,その後も本件マンションに居住し続けたため,本件訴訟提起と至ったようです。

 

 

本件において,裁判所は,居住用不動産の定義として,現に被後見人が居住しておらず,かつ,居住の用に供する具体的な予定がない場合であっても,将来において生活の本拠として居住の用に供する可能性がある建物であればこれも含まれるとしたうえで,本件については,それまでの被後見人の居住の経緯などからすると,本件マンションは被後見人にとっての居住の用に供する建物に当たるように思われるとしました。

しかし,さらに実質的に踏み込んで判断し,本件売買契約当時において,見守りが必要で要介護3の状態であった被後見人を被告が引き取って本件マンションで生活するということは極めて困難であったというべきであったとし,本件マンションが売却のために家裁の許可を要する居住用不動産であったとはいえないとしました。

本件マンション内には仏壇などの被後見人にとって愛着のあるものが置かれており,当該地域に対する思い入れが強かったとしても,結論は左右しないものとされました。

 

 

 

これまで,後見の分野というのはそれほど裁判例があるわけでもないところでしたが,新しい後見制度が始まってから時間も経過しており,その間に行われた様々な行為について今頃になって紛争として顕在化するということも増えることにより,これから,後見分野に関する紛争についての裁判例というのも多く現れるのではないかと思います。