判例タイムズ1433号で紹介された事例です(東京地裁平成冬年8月24日判決)。

 

 

本件は,弁護士(平成19年弁護士登録)が依頼者に対して説明義務を尽くさなかったとして損害賠償が命じられたという事例です。

事案としては,被相続人には死亡当時,法定相続人として配偶者と2人の子(米国在住の長女・本件原告である二女)があり(配偶者はその後死亡)がいましたが,相談を受けた弁護士が調査したところ,数千万円の負債がある債務超過状態であることが分かりました。

 

 

相続放棄してしまえば簡単な話ですが,被相続人の配偶者や長女の子(被相続人の孫)が大学院生であり被相続人名義の不動産(自宅不動産)に住んでいたことから自宅不動産は手放したくないという希望が伝えられました。

そして,被相続人は生前に,自宅不動産を孫に贈与する旨の贈与契約書を作成していたことから,これをうまく利用できないかということが計画されました。

 

 

被相続人が生きているうちに登記まで済ましてしまっていれば良かったのですが,登記をしていなかったことから,贈与の登記をする必要がありますが,登記には共同申請の原則があり,今回のケースでいえば,当事者(贈与者・受贈者)のうち贈与者である被相続人が亡くなってしまっていますので,登記するためには被相続人の義務を受け継ぐ相続人が登記義務者となる必要があります。

 

 

この点,相続人が相続放棄する前に,相続財産を処分した場合には相続したものとみなすという規定があります(民法921条1号)。

 

(法定単純承認)
民法第921条  次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

 

登記義務者となって登記することがこの規定に当たるかどうかについて,当該弁護士も気づいており,「単純承認と見なされるリスクが半々程度はあります。」という説明はしたものの,結果的にこの説明が不十分であると判断されることになってしまいました。

 

 

ところで,今回のケースでは贈与を受けるのは長女の息子であって,二女は直接利益を受けるわけではないのですから,仮に登記するにしても,本来,二女については相続放棄したうえで,相続人を(当時生存し,孫のために自宅不動産の確保を望んでいた)被相続人の配偶者と長女の二人だけが相続人として登記をすればよかっのたですが,長女が米国在住であることから必要な書類の取得が大変だということになり,また,二女も相続放棄してしまうと相続人の範囲が変わってしまいそれまた書類の取得などが大変になるということなどから,長女については相続放棄したうえで,二女が相続人となって登記手続きすることになったというものです(この点についても,後に,二女からは「なぜ姉が責任を免れて自分だけが追及されることになったのか腑に落ちない」「自己破産は納得いかない」という気持ちを抱かせることとなったようです)。

 

 

贈与登記の完了後,二女も相続放棄の手続きを取りましたが,その後,被相続人の債権者から「単純承認があった」と主張され訴訟提起がなされ,結果的に,二女は敗訴し,約828万円の支払いを命じられることとなってしまい,その後,弁護士に対して「きちんと説明してくれていればこのようなことにはならなかった」という理由で提起された損害賠償請求訴訟が本件ということになります。

 

 

裁判所の判断としては,弁護士がリスクについてまったく説明していなかったわけではないとしながらも,本件の行為が単純承認と見なされる危険性は相当高いものであったというべきであり,不動産を確保したいという被相続人の配偶者(もともと,弁護士は知人から紹介され相談を受けるようになったのは被相続人の配偶者であった)の意向にとらわれ,直接利益を受けることのない二女の立場に配慮せずに「半々程度」という説明をしたこと自体が見通しを誤ったものであるとされ,仮に単純承認と見なされて多額の支払いを求められれば自己破産も余儀なくされるものであることまで二女に理解させる必要があったものといえ,そのような説明をしていたならば二女としては相続放棄を先行させていたとされました。また,弁護士が,二女に対して「仮に相続放棄が無効だという債権者が現れたとしても幾らか支払って和解すればよい」という趣旨の説明もしていたようで,このような説明も適切であったとはいえないとされました。

 

 

なかなか厳しい判断です。

弁護士としては,不動産を確保してあげたいという意向に沿って活動したということなのでしょう(確かに二女は直接利益を受けるわけではありませんが,甥である長女の息子に実家である自宅不動産を確保させたいという気持ちは持っていたようです)。

リスクについても全く説明していないわけではなく,「半々程度」という説明をどう評価するかはなかなか微妙なような気がします。もっとも,「最悪のケース」として具体的に説明しておくことは可能であったように思われるし,今回のケースで弁護士は電話で説明をしていたようですが,今回のようなケースであれば,私であれば自己防衛のためにメールのような残る形で説明しておくように思います。

 

 

 

今回のケースではどのように対応していれば良かったのでしょうか。

もとはといえば,被相続人が贈与契約した時点で登記しておくか,又は,贈与契約というのではなく遺言という形で遺志を残しておくべきであったように考えられます。

また,未登記の贈与契約のみ存在しているという前提の下であれば,相続放棄するかどうかの熟慮期間中に相続財産管理人の選任を申し立て,同管理人との間で登記をするという選択肢もあったように思われるところです。