判例タイムズ1408号で紹介された事例です(東京地裁平成24年12月18日判決)。




本件は、不動産取引に当たって、所有者の替え玉である者の本人確認を怠ったとして、司法書士に対して損害賠償請求が提起されたという事案です。




本件で特徴的なのは、替え玉が「権利証(登記済み証)を喪失した」と申し立てたため、司法書士が不動産登記法に基づく本人確認提供情報制度により本人確認したという点です。




不動産登記法が平成16年に改正され、それ以前は権利症を紛失した場合には、登記義務者(本件でいえば真の所有者)に対して登記申請があったことをはがきで通知し、登記義務者が登記官に対し間違いない旨の申出をすることにより初めて登記申請が受理されるという保証書という制度がありましたが、法改正により、保証書制度は廃止され、事前通知制度という保証書制度よりもさらに厳格な手続(現住所のほかに前住所にも本人限定受取郵便で通知がされた上に、受け取った者が実印を押印して返送する)が創設された一方で、司法書士や公証人などの有資格者が本人確認を行った上で登記官に対しその旨の情報提供をして登記官が相当と認めたときは登記がされるという新たな制度も加わりました。




後者の方が早く、圧倒的に便利ですので、権利証を紛失したという場合に不動産取引をするのであれば、普通はこちらの手続を利用します。私も、会社の清算人として不動産を売却するに際し、会社の前代表者が故人となっており(そのため私が清算人ということになったものです)、権利証が見当たらず困りましたが、この制度を利用してきちんと売却することができたことがあります。その際、司法書士が決済日よりも前に私の事務所まで来て、運転免許証の確認のほか、権利証紛失の経緯(もちろん私は知らないのですが)などを結構詳しく聞かれたように思います。



ちなみに、破産管財人や後見人の居住用不動産処分、相続財産管理人としての不動産の処分など、裁判所が許可書を出してくれるケースでは、権利証がなくても大丈夫で、弁護士が不動産を処分するケースというのは多くがこのような裁判所からの許可を得てから行うものですので、権利証の有無というのはあまり気にしないことが多いのですが、会社の清算人とか後見人の非居住用不動産の処分などでは権利証が必要となってしまうので、あとから気付いてあわてることもあります。




本件で、司法書士は、運転免許証の提示を受け、その記載事項などを一応確認したものの、例によってこの免許証が偽造されたもので、その有効期間が住民票や印鑑証明書(これらも偽造でした)に記載された生年月日と矛盾していたのに気が付かなかった点に過失があると判断されました。

具体的には、住民票等の生年月日は昭和10年「5月23日と」なっており、免許証の生年月日も同年月日となっていましたが、免許証の有効期限は、生年月日の1か月先である「6月23日」となっていなければならないのに、この点を看過したのは司法書士としての注意義務に反しているとされました。




免許証の有効期限など気にも留めないような気もするので、少し酷なような気もするのですが、免許証の有効期限については道交法92条の2第1項に明記されており、不動産登記法に規定されている本人確認情報提供制度により本人確認を行うことが求められている重い責任を背負っている司法書士(前提として、本人確認情報提供制度については、司法書士など直接本人確認する者が慎重に確認することがこの制度の適正な運用にかかっているのだから、本人確認を行う者には高度な注意義務が課されているとされています)としては当然知っておくべき知識であり、自分が免許を持っていないから知らなかったという弁解は通じないとされました。




また、本件では、委任状などに押印された印影と偽造された印鑑証明書の印影が異なっていたということもあり、個人的には、この点一本でもアウトのような気はします。




本件で司法書士に対し約4250万円の損害賠償が命じられています。




本件は控訴されているということです。




弁護士は、その職務上、単発の取引の手続を代理するというようなことはなく、訴訟などのように継続して業務を行うことが多いので、あまり、本人確認ということが重要となる場面は多くありませんが、たまに「取引に立ち会ってくれ」というような依頼があることもないではなく(私はそういう依頼は引き受けませんが)、それまで一面識もないような人の取引に立ち会うようなことをしてしまった場合には、本件と似たような問題が発生することもあるかもしれません。






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