知的障がいのある被疑者に対する誘導的な取調べなどが問題となり,最近では,精神障がいと刑事弁護という問題がにわかにクローズアップされてきています。



判例時報2204号で紹介された京都地裁(平成25年8月30日判決)の事案もそのような流れの中に位置づけられるものかもしれません。



事案としては単純で,被告人が自動車を窃取したというものでしたが,この被告人には本件犯行当時,知能指数(田中ビネー知能検査Ⅴ)IQ25,精神年齢4歳7か月程度の重度精神発達遅滞という状態にありました。この点については検察官と弁護人の間に争いはなかったようです。

また,証拠採用された鑑定書において,被告人の日常生活としては,ひらがなしか読めず,買い物でほしいものは買えるがおつりは分らない,週に1度生活介護事業所に通所してペットボトルを潰すなどの単純作業をするだけであったこと,施設で女性の着替えを見ると管理者に着替えが見たいといって拒否されると怒るといった,願望の実現方法がきわめて拙劣であったことなどが認定されています。




本件の被告人は自動車窃盗を繰り返していましたが,その動機としては「運転したかった」ということだったようで,何か欲しいものがあると我慢できない傾向を有していたと,鑑定書でも指摘がされています。



よく知られているように,刑法39条1項では,心神喪失者の行為は不可罰とされていますが,心神喪失というのは分りやすく言えば

(1)そもそもその行為が悪いと思うことができなかった

(2)悪いと感じることはできたとしてもその行為を止めることができなかった

のいずれかの精神状態ということになります。



本件で,被告人は,自動車が止まっていた場所まで自転車で行き,自動車を取った後,自転車を取りに元の場所まで戻ってきた際に警察官から質問を受けて「知らん」と答えたり,逮捕の直前には「この車は買ったものだ」と述べたりしたことや,裁判でも「車を取って悪かった」と述べるなど,「車を取ることが悪いいことだ」ということ自体はある程度の認識があったのではないかとされています。



しかし,裁判所は被告人の弁解はすぐにウソだとわかるような場当たり的なものであり,自動車盗が悪いということを真に理解できていたとはいえず,謝罪や反省をどの程度まで理解して行っているのか疑わしいと指摘しています。



そして,問題はどうして被告人が自動車を盗みたいという要望を自制できず,その欲望の赴くままに行動してしまったかという点にあるとしています。



この点,被告人は若いころから強制わいせつも繰り返していたようなのですが,この強制わいせつの点についてはある程度抑制できていたようであり,この点を捉えて,検察官は,「強制わいせつについては抑制できていたのだから,自動車窃盗についても抑制できたはずであり,悪いと感じることはできたとしてもその行為を止めることができなかったとはいえない」と主張したようです。




これについて,証言に立った被告人の支援をしていた障がい者地域生活支援センターの介護福祉士は,「強制わいせつについてはその再犯を起こさせないことを念頭に置いて指導してきたが,自動車盗については,鍵を付けたままの自動車が被告人の生活範囲に損にあるとは思わなかったので警戒しておらず指導が不十分であった。」と述べ,この点から,強制わいせつと自動車窃盗では,被告人の中では悪いことの認識や理解度に差があったのではないかと判断されました。




結果として,裁判所は,被告人は自動車が欲しいという要望が優先するあまり,通常人であればできる筈の自動車を盗んではいけないという反対動機の形成がほとんど不可能であったとし,心神耗弱を主張した検察官の意見を排斥して,弁護人が主張する心神喪失と認めて無罪としました。





なお,本件被告人は,本件以前にも3件の窃盗により有罪判決を受けており服役もしていました。それらの裁判ではすべて心神耗弱とされていましたが,それらの裁判では中等度精神遅滞であるとされていたことや10年以上も正式鑑定は受けていなかったことなどから,過去の裁判で心神耗弱であったからといって本件でもそうであるとはいえないと判断されています。




本件は検察官控訴されているようです。




本件の被告人が先天性の精神遅滞という状態であったのか,そうであれば,精神遅滞の程度が中程度であったものが重度になるということもあり得るのかということ(もともとの精神遅滞の程度はどうだったのか)などよくわからないことも多いのですが,以前の裁判のほとんどで正式鑑定もされずに,心神耗弱ということでお茶を濁されていたのではないかという疑いもあり,これから刑事弁護に携わる者としては,精神障がいが疑われる人の弁護については精神鑑定の請求などをしっかりやっておかないといけないということだと思います。





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