銀行法務21の744号で紹介されていた東京地裁の裁判例(平成22年5月12日判決 判例タイムズ1363号127頁)です。

 

 

本件の原告は,被告から発注を受けて,プラスチック成型加工品を製造して被告に販売したとして,納品した製品等の代金のうち2億6037万7509円の支払を求めるとともに,これが下請代金支払遅延等防止法(下請法)にいう「下請代金」に当たると主張して,所定の年14.6パーセントの割合による遅延利息の支払を求めました。

 

 

下請法では,親事業者による下請代金の減額を禁止しており(下請法4条1項3号),これは,下請業者の同意があったとしても適用されると考えられています。また,通常,商法上の遅延損害金利率は年6パーセントですが,下請法では特別に遅延損害金を14.6パーセントと規定されています。

 

 


これに対し,被告の主張は色々とありましたが,代金減額の合意がされており,減額された代金は支払い済みであるとの反論がなされました。

 

 

 

そこで,下請代金の減額合意は,下請法に違反するものとして公序良俗違反で無効ではないかということが争点になりました。

 

 

 

 

 

ところで,本件では,原告は被告から手形で請負代金の支払いを受けていたのですが,原告が資金繰りに窮したため,被告に対し手形を買い戻してもらっていました。そして,手形決済であれば受けられた被告の期限の利益に相当する部分については手形金額から控除して現金で支払うという形をとっており,原告からは,資金繰りの援助に対する感謝は伝えられたものの,控除率などについて特に異議は述べられていませんでした。

 

 

 

 

裁判所は,「支払手段として手形払いと定めているものを,下請事業者からの要請により一時的に現金で支払う場合,親事業者は,当初の取引条件よりも早い時期に現金を下請事業者に渡すことになることから,当初の下請代金の額からその期間分の利息に相当する額(親事業者の短期の資金調達における金利相当額。以下「親事業者短期調達金利相当額」という。)を控除することは,下請法の禁止する下請代金の減額に当たるということはできない。しかし,親事業者短期調達金利相当額を超えて下請代金から控除をする場合には,下請法の禁止する下請代金の減額に当たるものというべきである。」としました。

 

 

 

 

そして,さらに,割引料相当額の控除が下請法4条1項3号に違反した場合,減額に至る経緯,減額の割合等を考慮して,同号の趣旨に照らして不当性の強いときには,割引料相当額の控除の合意が公序良俗に違反して無効となることがあり得る」としました。

 

 

そして,親事業者短期調達金利相当額を被告が主張立証しないとして,本件においては,被告が下請代金から控除した割引料相当額の全額について,下請法違反が成立するとしたのです。

 

 

 

親事業者短期調達金利というのは,被告の内部情報でしょうから,原告から釈明を求められたとしても被告が開示しなかったというのは理解できるようにも思われ(相手方からいろいろと明らかにするように求められた場合にどこまで回答するのかは実に悩ましい問題をはらみます),この点で主張立証しなかったとして下請法違反にされてしまった被告としてはびっくりしたことでしょう。

 

 

 

しかし,裁判所はさらにもう一段の論理を用意し,下請法に違反するとしても,それが民法の公序良俗にまで違反するかについては,次のように述べて,違反しないとしました。

 

①被告は,原告からの支援要請を受けて,原告を支援する目的で手形払いから現金払いへ変更する取扱いをしたこと

 

②割引料相当額の控除には原告被告間での合意がされたこと

 

③割引料相当額を計算するに当たり,原告が銀行から手形を割り引く際に最も有利な利率を選んで計算していること

 

④その利率は年2.175%であり,それほど高いものではないこと

 

 

 

ある法律に違反するとした場合に,それが民法の公序良俗違反に該当するかというのは,結構問題となるところです。私自身も,刑事罰もある出資法違反の利率での貸出が公序良俗違反かということで戦った裁判もあります。

 

 

公序良俗とか権利濫用いった,意味が多義的なものを一般条項というのですが,一般条項の適用について,裁判所はなかなか厳しいというのが実務的な感覚ではあります。

なお,解決にあたってすぐに一般条項を持ち出すのは,法律構成としてよくないという法曹にとってはよく知られた暗黙のルールもあります(本件がそうだということではありません)。