Baby my Love~のんびり幸せライフ~ -7ページ目

”どうしたら「不登校」を勇気ある行動と思えるようになるか?”

おはようございます。

今日は朝からこのブログを、本当にその通りだ❗️と一人頷きながら読んでいました。





長女が不登校になった最初の頃と今とでは、私と長女を取り巻く全てが変わったと思ってます。

でも長女の根本は何も変わってなくて、私の長女に対する見方や考え方が変わった。受け止め方が変わった。
たったそれだけで、私達がとても良い方向に進み始めたように感じています。


ありのままを受け入れる。
簡単なようで凄く難しい。


毎日子どもと一緒に生活していく中で、子どもを注意深く観察していると、その子の持っている良さや資質に気付きます。

これ、別に注意深く観察なんてしなくても、親なんだから子どもの良さぐらい分かってるよ、と思いがちですが、普段何気なく生活していると、意外と見過ごしていたり、当たり前だと思ってたりするんですよね。

でも、じゃあそこをきちんと子どもに対して言葉や態度で表現できているかと言われたら、どうでしょうか。
私は出来ていませんでした。

愛情を持って、子どもの持っている良さや資質を褒める、本人に気づかせてあげる、それが大事です。

私は今、長女や次女にそうしています。
良いところに気付いたら、その時その場で、気持ちを込めて伝える。これが、子どもの自信に繋がっていきます。

このことは、ある本に書かれていたことなんですが、その本についてはまた書きます!





あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
ブログを見にきてくださった方、ありがとうございます。
今年もよろしくお願いますキラキラ



これは、長女が書いた七福神。
玄関に飾ってます。

何故書いたか?なぜでしょう?笑
私も分からず 笑

お正月から縁起が良さそうなので、載せます照れ

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もうひとつ。
これも長女。

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これは確か、私が体調悪くて何気なく「病気かも〜」なんて話してた時に書いたものじゃないかな。「とくにまっちゃん」のまっちゃんとは、私のことです。長女にまっちゃんなんて呼ばれたことは一度もないから、なぜここでまっちゃんなのかは謎です 笑



昨日の大晦日は隣の主人の実家にみんな集まりすき焼きを食べ、我が家に戻り普通に10時前には就寝。
長女は主人の実家で「ガキの使い」を見て大笑いしてました。

我が家はテレビがあるけどつかないので、

2年前の夏休み、朝からテレビばかり見るので、私が怒ってテレビのコードを引き抜いて全て隠しました…もう接続の仕方が分からないのでずっとこのままです。

年末年始の特番とかは無縁で…でも久しぶりに見ると、楽しかった!


今日はまたみんな主人の実家に集まり、お墓まいりをして初詣です。



長女と次女は初日の出を見るんだと、昨日の寝る前に張り切って目覚ましセットしてました。
ここからだと何時なんだろう。

見れるといいねニコニコ

長女 完全な不登校になるまで ④

久しぶりにこの記事です。
④で終わりです。


冬休み明けから、自分一人で登校できるようになった長女。(登校時間は1時間ほどずらしてもらったまま)

月曜日から金曜日まで毎日登校できる週もあれば、1日か2日しか登校できない週もある、波はあったけれど、別室で過ごす時間は長女にとってとても楽しい時間だったのではと思います。

学校から帰ってからすぐ、または夕食の時間などに、その日の出来事を笑顔で話してくれたりしたから。


ちょっと驚いたのが、参観日。
長女は今まで、あまり参観日に来て欲しがらなかったんです。「ママ、別に今日来なくていいよ」とか。でもこの別室での参観日の朝は、私に来て欲しいと言ってきたんですキラキラ
嬉しかったですねお願い


幼稚園終わりの次女も一緒に行って、長女が算数を勉強する姿を隣で見ていました。こんなに近くで見れるのは、別室ならでは!

別室での参観日は2回ありました。
2回目は、学年末で最後の参観日。

その時にS先生が、「〇〇ちゃんが私にこれを書いてくれたんです。凄く嬉しくて。一生の宝物にします!」と言って見せてくれたものがあります。

それは、長女がS先生に書いた詩でした。


その詩には、S先生への感謝の気持ちが溢れていて、長女にとってS先生の存在が凄く大きかったことを改めて感じました。

長女がS先生に書いたものなので、写真は撮らなかったのですが…
本当に、長女の気持ちが伝わってくる詩でした。
また読みたいなぁ。


3年生の最後の登校日である終業式の日、長女は前日に書いた手紙を、S先生に渡しました。
そこには、今までの感謝の気持ちと、これからの決意が書かれていました。

「4年からは教室で頑張ります」と。

涙が出ましたね。


結局、4年生になり最初の2日間は教室で頑張りましたが、それが最後になりました。

私は、よく頑張って2日間行ったね!
心からそう思いました。

4年生の始業式、今まで半年以上教室に行ってなくてそれで教室に入ったのって、すっごい勇気がいっただろうし、そうとうのエネルギーを使ったんじゃないかと。次の日もそう。

長女の中の頑張る力を使い果たしちゃったのかな、なんて思います。


だからきっと今はまた、エネルギーを溜めるために必要な休養期間なんだよね。

4年になって、心配してまた家に来てくれたS先生も、同じような事を言ってました。
長女はこの時、先生に顔を見せたがりませんでした。
きっと、最後の日に渡した手紙に「4年生からは教室で頑張る」と書いたのに、実際は休んでしまっている、そのことが気になったんだろうな。
S先生はそんなこと気にしないのに。
「いいのよ、もっといい加減で。」
先生がいつも長女にかけてくれた言葉です。


結局それから長女は今までずっと家で過ごしています。
本人が「私はもう小学校には行かない。中学から行く」と言っているので、そうなんでしょう。

ここに至るまで、私はずっと悩みまくる毎日でした。無理矢理行かせようとは全く思わなくなったのですが、やっぱり心の中では、不登校児の最終目標は再登校、そう思っていたから、どうやったらまた学校に行ってくれるんだろう、そこにばかりこだわって。

でも今は違う、もっと広く大きな視野を持つことが出来てるんじゃないかな、なんて自分で思ったりしてます。

学校に馴染めなかったり自分の居場所を見つけられないなら、学校以外の自分らしくいられる場所を選ぶことは、間違いじゃない。

今の長女を見ているとそう思える。

朝、なかなかベッドから出られず、起きてきても凄く暗い表情で朝ごはんを食べていた長女。
涙目で何かを訴えかけるような表情をすることもあった。

今では、朝6時に起きてまず勉強。
その後に、次女と楽しくお喋りしながらの朝食。

朝の過ごし方が全然違う!!

1日の始まりに涙目か笑顔か、どちらがいいかなんて誰にでも分かるキラキラ

もう、学校のことで泣く娘は見たくないからね。

私は私で引き続き主人と一緒に、長女がこの先困難にぶつかった時に立ち向かえる力を養えるよう、親としてできることをしていきます!!
その働きかけについては、また書いていきたいと思っています。