「アーティスト宣言」は悪手であったとの評価がいまでは定着している。(※1)

 

 『マブ論』のライムスター宇多丸と吉田豪の対談でも、東京女子流の完成度の高さを、時代的にすこしタイミングが早かったのかもしれないと憂いながら、こう話している。(※2)

 

 宇多丸「──これは彼女たちに限った話ではないですが、宣言してそこから脱するっていう態度そのものが、一番悪い意味で『アイドルっぽい』とも思いますが」

 

 吉田豪「──そうそう、昔から本田美奈子しかり、菊池桃子のラ・ムーしかり」

 

 宇多丸「──ラ・ムーから学んでいないのか!……いや、ラ・ムーも曲はいいんですよ!」

 

 いまとなっては本田美奈子の歌唱力に敬意を抱かない人はいない。ラ・ムーだって音楽的にかなり面白い挑戦をしている。そして菊池桃子は80年代が生み出したアイドルのなかで、さまざまな困難を乗り越え、学者となり、時の総理大臣にまっとうな提言をした唯一無二の存在である。

 

 アイドルのセカンドキャリア問題がとりざたされるとき、菊池桃子は、山口百恵、松田聖子に次ぐ、第三のロールモデルとして輝きを放っている。

 

 われわれは、いつだってあとから、大切なことに気づく。

 

 東京女子流がなぜ、「アーティスト宣言」をしたのか考えてみたい。もし、お時間があるならば、「アーティスト宣言」とされるネット配信のなかで、なにが語られたのかじっさいに見ていただきたいと思う。(──が、2019年11月現在、下記のUSTアーカイブは失われてしまった)

 

※リンク消失『アーティスト東京女子流 宣言へ(2015.1.5  TGS UST.TV)』

 

(──僕がこの下書きを書いたのは2018年の末頃と思われ、そのときまでは存在していた。誰かが意図的に消したというわけではなく、おそらくUstreamの業績悪化、買収整理にともなう影響だろう。これも貴重な歴史だと思うのだが、残念だ。幸い、個人の方のブログ「東京女子流アーティスト宣言(素人テープ起こし) | カピバラ日和」に書き起こしが残されているので、お時間がありましたら、ぜひ御覧ください。煩雑な書き方になりもうしわけありません)

 

 この「アーティスト東京女子流 宣言へ」と題された60分を超える配信のなかで、佐竹義康プロジェクト・ディレクターは、とても穏やかに、ユーモアをまじえながら、しかし慎重に、これまでと、これからの東京女子流について話している。

 

 この動画を見て、佐竹氏や東京女子流を不愉快に感じる人はあまりいないと思う。ただ、ニュース・トピックとして現れたときの「アーティスト宣言」という字面は、かなり刺激が強い。

 

 佐竹氏も一ヶ月後のインタビューでこんなふうに話している。(※3)

 

「──実際に言ってる中身はそこまで大々的なことではなく、むしろ女子流がこれから向かう未来のための、戦略的な区切りつけをわざわざ『アーティスト宣言』という大それた名前を付けて説明しただけですからね。別に、アーティストになるという宣言をしなきゃ! というわけではなくて、戦略を説明するにあたってちょっと刺激的な言葉を選んだだけでして(笑)」

 

「──いちばんザワザワしていただいたのは、東京女子流を知ってはいるものの、そこまで興味がない方々のような気がします……」

 

 ただ、そうは言うものの、熱心なファンも、はたしてこれから曲中にコールをしても良いものだろうか、と戸惑わせたようだし、ファンとまでいかなくても、彼女たちのパフォーマンスに好感を持っていた人たちが、ニュースの字面だけを見て、「ちょっと、おごっているのではないか」「アイドルを低く見ているのではないか」と反感を覚えたであろうことも容易に想像できる。

 

 佐竹氏は配信のなかで、「──アイドル現場には熱い応援をしてくれるファンがいるので、その力で東京女子流の楽曲もひろめてもらった、アイドルシーンはすばらしい」(配信45:30) とも言っているのだが、なかなかそういった誠実さやディテールは読みとってもらえず、刺激的なことばだけが流布してしまい、イメージがつくられていく。

 

 それでも、配信のなかで佐竹氏の語った、

 

「──昨今、アイドルに注目が集まる中で、『アイドル』の呼び方が、その人にとっての『アイドル』という敬称ではなく、『ジャンルとしてのアイドル』という呼び名の方が強くなってきたと思います」

 

 という現状認識や、インタビューで話している、

 

「──CD売り上げの数字を増やすための、事前販売での握手会といった積み上げ施策は止めようと考えています。つまりは、数か月後に控えるまだ見ぬ握手会のために、今のCDを買ってもらうというパターンは止めます。でも、発売記念のリリースイベントをオープンペースで開催する時には、何らかの形で交流の場を設けようとは考えています」(※3)

 

 というシンプルなリリースイベントへの考え方などを見ていると、東方神起との仕事の経験から、自らの手でつくりあげるアーティストとして、東京女子流のプロジェクトを立ち上げた佐竹氏なりの理想像が垣間見えるような気がする。

 

 そのうえで疑問に思うのは、刺激的なことばを使えば、それが独り歩きして、反発を招くことはじゅうぶんに予想できたはずで、それでもあえてやったのは、ほんとうにスタッフのクリエイティブやプロモーションへの姿勢の説明、女子流メンバーへの演者としての意識づけ〈だけ〉が理由なのだろうか。それにしてはリスクが高すぎるように思える。

 

 あまり憶測にもとづいた深読みをするのは好きではないのだけれど、勝手な推測だとことわったうえで、二つくらい、語られてはいない事情もあるのではと考えてみる。

 

 ひとつは、佐竹氏は会社員であるということだ。

 

 これまでの売上や目標達成率を会社に報告しながら、じゃあ、これからの一年はどう展開させるんだ、半年間のロードマップはどうなっているんだ、と彼の上司や属する部局と折衝しなければならない。とうぜん、企画書も書いて提出しなければならないだろう。

 

 会社によってそういった基準や気風はまったくちがうので、エイベックスがどのくらいの精度のものを求めるのか、まったくわからない。しかし、そういったやりとりのなかで、「アーティスト宣言」という手法が浮かび上がってきた可能性はじゅうぶんにある。

 

 エイベックスには「iDOL Street」というアイドル専門のレーベルもある。

 

 その第一弾グループ「SUPER☆GiRLS」は東京女子流と同じ2010年に立ち上げられ、第四弾グループ「わーすた」が活動をはじめたのが2015年だ。

 

 わーすたは5人組で、主にツインボーカルで歌唱し、ダンスのスキルも高い。東京女子流とは楽曲もヴィジュアルもまったく違うが(ただ、女子流も猫耳をつけていたことがあったけれど…)、会社組織のどこかで誰かが、「iDOL Street」との棲み分けをどうするんだ、と言いだしても不思議ではない。

 

 そして、エイベックスは「アイドル冬の時代」といわれる90年代に、若い女性歌手を「アーティスト」として売り出し、成功した企業である。

 

 過去の成功体験は人も組織も縛りつける。高度成長期のビジネスモデルから抜け出せず、バブル崩壊後に苦しみ、潰えていく企業をわれわれは散々見てきた。

 

 音楽業界のバブル崩壊は他の業界より10年遅れたといわれる。CDの売上がピークだったのは1998年である。(浜崎あゆみがデビューした年だ)

 

 佐竹氏も配信のなかで、CDが売れない時代に、どのようにアプローチしていくのかという苦悩を吐露していた。

 

 「アーティスト宣言」を誰が必要とし、誰が提案したのか、組織のなかのことは外からはわからない。ただ、2015年から2018年の間に、エイベックス内での組織改編や、大きな人事異動があったことは確かなようで、その戸惑いはiDOL Streetの責任者であった樋口プロデューサーの口からも漏れていた。

 

 佐竹氏も結果的に一時期、東京女子流のプロジェクトから離れていたようだ。(※4)

 

(2015年から2018年の初頭というのは、青山のエイベックス本社の建て替え期間と同じだ)

 

 東京女子流は「アーティスト宣言」によって、アイドルフェスへの出演を辞退し、アイドル専門誌への露出も控えることになる。そして「おんなじキモチ」と「頑張って いつだって 信じてる」の二曲を、カワイイ(アイドル的な)楽曲の象徴として封印する。

 

 「頑張っていつだって信じてる」は僕自身がはじめて東京女子流を見かけて、「小さな女の子たちがポンポンを持って歌っているな」と感じたように、まだ幼かった彼女たちの魅力がつまっている楽曲だ。

 

 「おんなじキモチ」は、可愛らしくシンプルな振りつけが、誰でも簡単に踊れることから、フェスなどでの一体感を演出することができ、東京女子流をこえて、アイドル界のアンセムともいわれるようになっていた楽曲だった。

 

 配信で、この二曲の封印について問われた庄司芽生は、こう答えている。

 

「──いろんなイベントでたくさん、たぶん一番歌わせて頂いていた曲なので、今後、どうやってライブを盛り上げようかとメンバーでも考えているんですけど、こんかい区切りというか、切り替えをするってことで、もっと成長したときに、あらためてやれば見え方も変わってくると思うんですよ。いまは、やらない期間がありますけど、こんど、わたしたちがもっと成長したときに、あらためて歌って、曲の良さ、また違った良さを見せていけたらいいなと、思います」

 

 われわれは、このあとの彼女たちを知っている。ひとつはっきり言えることは、庄司芽生はこのことばを忘れてはいなかった。

 

 

 ──「アイドルとアーティストのはざまで【4】もうひとつの理由」につづく

 

 

 

(※1)【悪手】あくしゅ

 「碁・将棋などで、自分自身を不利にするような悪い手」

 

*「アーティスト宣言」はアイドルとアーティストをめぐる状況や視点にさまざまな議論を喚起した、そのなかで下記の、

[Article] TOKYO GIRLS’ STYLE’s Artist Declaration: The Difference Between “Idol” and “Artist” in Japanese Music Culture | Japanese kawaii idol music culture news | Tokyo Girls Update(「アイドル」と「アーティスト」を隔てるもの ~東京女子流の「アーティスト宣言」をめぐって~)

 ──はとても優れた考察なので、ご一読をおすすめします。

 この執筆者は「──『アイドル』を名乗るか『アーティスト』を名乗るかは、本質的には別々の登山道から山頂を目指している程度の違いに過ぎない」と結論づけていて、とてもすがすがしい。そして、「──日本のアイドルオタクは、アイドルに物語性を求めがちである」の一文は僕にとってもちょっと耳が痛い。

 

(※2)『ライムスター宇多丸のマブ論』p556

 

(※3)東京女子流「アーティスト宣言」の本音を仕掛け人に聞いた | ドワンゴジェイピーnews -公開日:2015/02/09

 

(※4)@JAM THE WORLD アフタートーク 緊急討論会!?(3) 2016.06.13 - YouTube(佐竹氏出演回、30分あたりから)

 

 

 

 

 

 ここからはすこし、筆者の視点から見て、東京女子流がどのように現れてきたのか、という書き方をしてみる。

 

 僕は仕事がら、ときどき若い俳優さんや歌い手さんについて、ざっと見渡してみることがある。

 

 2010年にもそんな機会があり、新しいアイドルにどんな人がいるのかとYoutubeで調べていた。そのなかにポンポンを持って踊っている5人組の女の子たちがいた。「ずいぶん若いなあ、SPEEDがデビューした頃より若いかもな…」と感じた。それが『東京女子流』だった。

 

(SPEEDの島袋寛子が結成時11歳、CDデビューが12歳で、新井ひとみもまったく同じだが、曲調の違いもあり、新井ひとみのほうが幼い印象をうけた)

 

 いま思えば、彼女たちが踊っていたのは「頑張っていつだって信じてる」という曲だった。野球をモチーフにした爽やかで可愛らしい応援歌だ。当時、横浜ベイスターズだった内川選手の応援マーチをベースにしている。

 

 『東京女子流』というあまり見かけない漢字だけのグループ名が印象に残った。やっている可愛らしい音楽や楽しそうに踊る幼いメンバーに好感を持った。ただ、そこから彼女たちを追いかけることはしなかった。

 

 それからまた『東京女子流』という名前を聞いたのは、ラッパーのサイプレス上野がパーソナリティをつとめていた『ザ・トップ5』というTBSのラジオ番組だった。

 

 2015年のことで、東京女子流メンバーの中江友梨がひとりで出演していた。彼女は『サ上と中江』というユニットを組み、ラップに挑戦していた。ラジオでも、とても愉快なトークをしていた。僕は「ああ、あのポンポンをもって踊っていた子が、女子高生になってラップまでやってるんだな」と思いながら楽しく聴いていた。(※1)

 

 しかし、あとになって知るのだけれど、この2015年は東京女子流が、もっとも苦境に立たされていた時期だった。

 

 僕はといえば、とくに東京女子流の楽曲に触れることもなく、つぎに彼女たちの姿を見たのは、2016年の春になる。

 

 またすこしアイドルについて調べる必要があり、『夢みるアドレッセンス』を遠巻きに追いかけているときに、ツーマンライブの配信映像のなかで、『東京女子流』に再会した。

 

 パソコンの小さな画面ごしだったけれど、くるくると、すごくきれいにターンをきめる彼女たちに感心した。あのポンポンをもって可愛らしく踊っていた女の子たちが、いつの間にか、キレの良いダンスで、華麗なターンをなんども披露するグループに成長していた。音楽もカッコよかった。「まだ10代のはずだけれど、ずいぶん大人ぽい音楽をやってるんだな…」と思った。

 

 そして、人数が4人に減っていた。

 

 興味を感じて、東京女子流のことをネットで掘ってみると、まず驚いたのが、彼女たちが二度の武道館公演を行っていて、2012年当時の最年少記録を打ち立てていたことだ。(その後、2014年にBABYMETALが更新している)──にもかかわらず、いま彼女たちはなかなか苦しいところにいるのだな、ということも感じられた。

 

 順を追って見ていくと、東京女子流は2010年にデビューし、ライブをくりかえしながら、5月にファーストシングル『キラリ☆』を発売。NHKの『MUSIC JAPAN』にも出演している。この番組出演は東京女子流がNHK教育のアニメ『はなかっぱ』のエンディングテーマを担当していたから実現したものだろう。

 

 CDデビューを果たしたばかりで、最年少グループとして出演できたのは幸運だった。そのエンディングテーマ「おんなじキモチ」は、彼女たちのその後の活動のカギとなる重要な一曲になっていく。

 

 そのあと7月に発売したのが「頑張っていつだって信じてる」だった。(僕の目にした曲だ)

 

 8月には第一回の『東京アイドルフェスティバル』に出演し、その他にも多くのライブをこなしている。

 

 そして10月に発売した「ヒマワリと星屑」は、編曲を担当する松井寛の持ち味が存分に発揮されたファンク調のナンバーで、東京女子流のカッコイイ楽曲を方向づけた初期の代表作である。

 

 カップリングの「きっと忘れない、、、」はライムスター宇多丸がアイドルソング時評『マブ論』のなかで2010年のベスト3にピックアップしている。(※2)

 

(ちなみに1位がももクロの「行くぜっ!怪盗少女」、2位はPerfumeの「ナチュラルに恋して」)

 

 翌、2011年5月にファーストアルバムを発売。アルバム表題曲である「鼓動の秘密」はシングルリリースもされた。

 

 『マブ論』では、ライムスター宇多丸と吉田豪が対談をしていて、2008年から2016年までの8年間に制作されたアイドルソングからベスト10をえらんでいる。そこで唯一ふたりが共にピックアップした楽曲が東京女子流の「鼓動の秘密」だった。

 

 吉田豪「──すばらしいですよね、ファーストは。この奇跡的な瞬間を真空パックしている感じ。バランスがすごくいいじゃないですか。アイドル的な楽曲をいいアレンジで、攻めすぎてもないし、すごくいい着地点。ホント大好きなんですよね」

 

 宇多丸「──僕も当初、奇跡のようなグループが出てきた! と思いました。…」(※3)

 

 その後、CDは定期的にリリースされ、ももいろクローバーZとの対バンライブが話題になり、全国ツアーも成功させて──

 

 2012年の12月22日、日本武道館での単独公演を開催する。

 

 このとき初めてメンバーの年齢が公表され、当時の女性グループの最年少記録を樹立した。グループの平均年齢は15歳、最年少の新井ひとみは14歳だった。(※4)

 

(ちなみに、それまでの記録は同じ年の10月、ももいろクローバーZの達成した平均年齢17.4歳だった)

 

 2010年のデビューから、2012年の最初の武道館まではとても順調に見える。途中、ケガや体力的な問題から、短い期間、活動を休止する場面もあったようだが──(なにせ、彼女たちはまだ10代の前半だったのだ)、楽曲の質にも評価にもめぐまれ、佐竹氏をはじめとする運営チームの、武道館を見据えたロードマップも成功していた。

 

 しかし、東京女子流はここから少し調子を崩していったようだ。

 

 2013年のツアーで、思うようにパフォーマンスできなかったことを、メンバーが語っている(※5)。山邊未夢が配信番組で当時をふりかえり「メンタルがやられていた」と話すこともあった。(※6)

 

 おそらく、デビューから3年をかけて武道館まで走りきったところで息切れしてしまったのだろう。人はそれを「燃え尽き症候群」と言うかもしれない。それでも、東京女子流をつづけていく限り、つぎの目標をさだめて、ロードマップをつくり、歩みを進めなければならない。

 

 日本武道館を良いタイミングで使用するには、一年前には押さえにかかる必要があるとも聞く。東京女子流の2度目の武道館公演は2013年12月22日(ちょうど一回目の一年後だ)。この興行は一度目ほどの成功は収められなかったようだ。

 

 アイドルに限らず、音楽興行における「武道館」の位置づけには、いささかやっかいな問題がある。吉田豪は自らの配信番組でときおりこんな話をする。

 

 ──武道館を目標にかかげて活動をつづけたものの、ライブの集客状況から武道館を断念したり、じっさいに武道館興行をやったとしても、思うように集客できず、そのために、モチベーションを落としてしまって、グループ活動がダメになることがあまりにも多い……(※7)

 

 彼は残念そうな顔をする。ただ、雑誌の企画などで、「武道館でもやってるグループなんですよ」というと、企画が通ったりもするので、いまでもプロモーションとして、まったく無駄というわけでもない、とも話している。(※8)

 

 実利的な意味でも、「武道館」は他のアリーナクラスの会場にくらべて、コストがかかるという。もともと音楽興行を想定してつくられていないため、ステージの設営費なども余計にかかるようだ。

 

 そういった現実と、モチベーションやプロモーションとしての象徴的な意味とを考え合わせて、どういうスタンスで「武道館」と向き合うのが良いのか、難しいところだ。

 

(じっさい僕は、東京女子流が二度も武道館公演を行っていることに驚いた。ただ、それはアイドルや音楽業界にうとい人間にはまったく届いていなかった、ということでもある)

 

 東京女子流は二年連続の武道館公演を行った。一度目は最年少記録という狙いさだめた華々しい演出があり、二度目は彼女たちのステイタスをさらに高めるためのプロモーションになるはずだった。

 

 運営チームは最善をつくしたともいえるし、エイベックスという大企業だからできるケレン味だともいえる。

 

 しかし内実はどこかで空回りをはじめていたのかもしれない。

 

 2014年、それでも彼女たちは忙しく活動している。3月にグループ全員の初主演映画『5つ数えれば君の夢』(山戸結希監督)が公開され、5月にも、主演ホラー映画『学校の怪談 呪いの言霊』が公開されている。ほぼ同じ時期に二本の映画にグループごと主演というのは、あまり聞いたことがない。

 

東京女子流、2本の映画主演決定「きらめきの瞬間を映像に」 - 音楽ナタリー(2013年10月29日公開記事)

 

 上の記事から推測すると、東京女子流の運営チームから仕掛けたというよりも、オファーを受けての事態だったようだ、

 

 記事のなかに、「今年のはじめに」オファーを受けたとあるから、2012年末の日本武道館公演での最年少記録が、映画制作チームの目に止まったのかもしれない。それはプロモーションの成果でもあるし、彼女たちにたいする音楽以外のメディアからの期待の現れだ。

 

 2014年の3月から6月にかけては、全国6か所を巡るライブツアーも行っている。ツアー最終日の日比谷野外音楽堂でのパフォーマンスは、ファンからの評価も高く、彼女たちも手応えを感じていたはずだ。

 

【ライブレポート】東京女子流、挫折を乗り越えた4thツアーファイナル。日比谷野音は晴天なり | BARKS(2014年6月17日公開記事) 

 

「──この『ヒマワリと星屑』は代表曲ながら、小西彩乃が2013年より歌の調子を崩したことで、2013年(二度目)の武道館公演よりその歌唱パートを別のメンバーが担当していた。この日、ライブ内で小西彩乃がオリジナル通りに歌い出しパフォーマンスを見せたことでファンからは喝采が沸き起こっていた」

 

 上記のライブレポートはとても感動的である、と同時に、このあとの出来事を知っている身としては、いくらかの感傷を覚えざるを得ない。

 

 そして、この年の終わり、2014年12月20日、渋谷公会堂にて『東京女子流 CONCERT*05 ~カワイイ満載見納めPARTY~』および『東京女子流 CONCERT*06 ~STEP UP TO THE NEXT STAGE~』を行う。

 

 上記はWikipediaからの引用だけれど、コンサートのタイトルに注目してほしい。「カワイイ」を見納めて、「つぎにステップ・アップ」すると告げている。

 

 年が明けて間もなく、2015年1月5日。東京女子流は、いわゆる「アーティスト宣言」を行った。当然それは、物議を醸すことになる。

 

 

 ──「アイドルとアーティストのはざまで【3】アーティスト宣言」につづく

 

 

 

 

(※1)東京女子流・中江友梨さんが女子中高生の流行を紹介!(2015/12/22) - ザ・トップ5|TBS RADIO 954kHz

 

(※2)『ライムスター宇多丸のマブ論』p573

 

(※3)同上『マブ論』p556

 

(※4)【ライブレポート】東京女子流、非公開だった年齢を公表。日本武道館公演で女性グループ史上最年少記録樹立 | BARKS

 

(※5)東京女子流、リベンジの4人全員での“全曲ライブ” がついに実現 新井ひとみ「ただいま!」 | GirlsNews

(──3rdツアーの期間中のこと、中江友梨さんによると「なかなか納得のいくライブができなかったたり、悔しい思いをする時期が続いて…」)

 

(※6)20170117 東京女子流 アベマショーゴ ~キテる人フカボリSHOW~♯27 - YouTube 参考

 

(※7)吉田豪・神原孝・酒井瞳 アイドリング!!!武道館公演を語る『猫舌SHOWROOM 豪の部屋 』書き起こし(2018年07月10日)参考 

(ちなみに、こちら「吉田豪と山田昌治 アップアップガールズ(仮)武道館を語る」の書き起こしからは、武道館の音楽興行にかかるコストの数字がなんとなく見えて興味深い。マイナス3000万は、おそらく見込まれるチケット代などの収益を総コストから引いた時にでた数字だろう)

 

(※8)豪の部屋 ゲスト:白幡いちほ 2018年10月30日 - YouTube:参考

 41分あたりから、武道館について…、42分あたりから「女子流」を例に「──いままでは企画をいくら出しても通らなかったけれど、武道館アーティストです、という言い方で企画が通った。だから、そういう意味で武道館をやらなきゃいけない意味もわかるんですよ。それやることによって、ちょっとグレードが上がるとか、あるんだろうけど、でも、なんだろうな、そこで力尽きちゃう人もいっぱい見た……」

 

 

 

 

 

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 『東京女子流』の誕生を語るときに、佐竹義康の存在は欠かせない。彼が東京女子流をつくったと言っていい。

 

 佐竹氏は2016年の時点で、東京女子流の「プロジェクト・ディレクター」という肩書を使っている。

 

 もともとはチーフマネージャーとして東京女子流を立ち上げ、A&Rも担当していた。社内の人事でレーベルのほうへ異動になり、マネージャーという肩書が使えなくなったので、プロジェクトの方向性を決めるディレクターとして、いまの肩書にしたと話している。(※1)

 

 A&Rは「アーティスト・アンド・レパートリー」の略、アーティストの育成や契約、そのアーティストに合った楽曲の提供、宣伝までを管理する。

 

 つまり佐竹氏は、東京女子流のメンバーの選考からはじめ、どんんな音楽をやるのか、作詞、作曲はだれに任せるのか、ダンスの振り付けはどうするのか、衣装や髪型、CDジャケットのデザイン、プロモーションの方法から、ライブ会場の手配、興行プランの施行、出演イベントやメディア露出への選択と働きかけ、そしてメンバーのスケジュール管理まで──、彼が決定権をもっていたと考えていい。

 

 彼を中心としたチームの、ひとつひとつの選択の積み重ねによって、東京女子流の「色」が出来上がっていく。

 

 佐竹氏は新卒でエイベックスに入社し、バックオフィスで契約にかかわる仕事をしたあと、現場を希望してプロモーターとして働き、レーベルの宣伝も経験している。

 

 その後、何組ものアーティストを宣伝する仕事から、ひと組のアーティストをちゃんと育て、制作から宣伝までを担う仕事をしたいと考えるようになる。

 

 そこで上司に相談したところ、「じゃあ、何がやりたいんだ」と問われ、「女性シンガーがやりたい」と答える。すると上司から「わかった、よし、おまえは明日から『東方神起』をやれ」と命じられる。(※1)

 

 東方神起の日本デビューは2005年、順調に活躍するが、グループの分裂騒動によって2010年ころから活動が停滞する。

 

 佐竹氏はその煽りをうけて、東方神起から離れることになるが、同じチーム内で、日本人の女の子たちのプロジェクトを立ち上げようという機運があり、佐竹氏が担当して『東京女子流』の企画を進めることになる。

 

(トラブルからはじまるエピソードは、ももクロの川上氏とどこか似ている)

 

 佐竹氏は「海外のアーティストを担当しているとスケジュールが先方によって左右され安定しないので、自分たちでできる国内のアーティストを持ちたかった」とも話している。

 

 なぜ、女子流はあんなに若い時代から活動をはじめたのか、と問われ(もっとも若い新井ひとみはデビュー当時、11歳の小学生だった)、こう答える。

 

「──東方神起も韓国の事務所はあのくらいの年齢(10代前半)から抱えていた。ただ韓国ではレッスンをつんで、デビューするまでに時間をかけるが、東京女子流の場合はデビューさせながら、育てたほうがいいという考え方をとった」

 

 「東京女子流」という名前からもわかるように、韓流の「東方神起」を手がけていた佐竹氏の経験が、彼女たちの誕生に大きく影響している。

 

 東京女子流は、2010年1月1日に5人組のガールズグループとしてデビューする。一日ごとにメンバーをひとりづつ発表していくという演出だったようで、1月6日に全員の写真とともにオフィシャルサイトが開設された。(※2)

 

 メンバーは、新井ひとみ(11歳)、小西彩乃、庄司芽生、中江友梨(12歳)、山邊未夢(13歳)。デビュー当時は年齢がふせられていた。

(のちに2012年12月22日の武道館コンサートで生年月日が明かされることになる)

 

 メンバーはそれぞれに、エイベックスのオーディションを経て育成のレッスンを受けていたか、アカデミーに所属していた生徒の中から、佐竹氏たちのプロジェクトチームがピックアップしたようだ。(※3)

 

 『東京女子流』のライブ・デビューは2010年2月7日。

 

 「SHIBUYA O-nest」で初のライブを行い、以後ほぼ2週間に一度の割合で単独ライブを行っていく。

 

 CDデビューは5月5日、「キラリ☆」をリリースしている。

 

 Wikipediaによると「トステム」や「早稲田アカデミー」のCMソングとしてタイアップもあったようだ。(※4)

 

 つづけて5月19日には「おんなじキモチ」をリリースした。

 

 この曲はNHK教育のアニメ『はなかっぱ』のエンディングテーマに採用されている。デビュー当時、まだ幼ささえ感じさせる少女たちの等身大の魅力が発揮され、その覚えやすくてキュートな振り付けもあって、「おんなじキモチ」は彼女たちの「可愛さ」を表現する場面での代表曲になっていく。

 

 1月1日からのデビューの際は、イベント化して期待を高め、情報をすこしづつ明らかにしていく手法や、デビュー曲にCMやTVアニメのタイアップを用意するプロモーションなどは、メジャーレーベルらしい手堅い仕事だ。

 

 5月30日には、NHKの音楽番組『MUSIC JAPAN』に出演し、テレビ初登場となる。この回のサブタイトルは「女性アイドル大特集!」で、2010年が「アイドル戦国時代」の幕開けだったことを告げる証のひとつとされている。

 

総勢59人!「MJ」収録に人気女性アイドル7組が集結 - 音楽ナタリー

 

 『AKB48』は前田敦子がセンターで「ポニーテールとシュシュ」を歌い、『モーニング娘。』は高橋愛がリーダーだった。(のちにプラチナ期と呼ばれる時代だ)

 

 ハロプロからはこの年にメジャーデビューした『スマイレージ』(のちのアンジュルム)も出演している。

 

 『バニラビーンズ』のレナが自ら最年長だと語り、『アイドリング!!!』の遠藤舞が「フジテレビ出身だと思われがちなので、NHKに出演できてうれしい」と話している。(アイドリング!!! はこのころ毎週末にライブをおこなっている。※5)

 

 そして、『ももいろクローバー』には早見あかりがいて、彼女は「最近、アイドル戦国時代と言われていますが、私たち、ももいろクローバーが狙うのは、アイドル戦国時代で天下を取ることです」と宣言した。

 

 ももクロはこの番組で「行くぜっ!怪盗少女」を披露し、一躍名を挙げたとされる。翌年、早見あかりはグループを離れるが、『ももいろクローバーZ』となった彼女たちは、2014年に国立競技場2daysを成功させる。まさに天下を取ったといえるだろう。

 

 そんなアイドル戦国時代の黎明期を感じさせる華やかな番組で、もっとも新しく若いグループが『東京女子流』だった。

 

 

 ──「アイドルとアーティストのはざまで【2】二度の武道館」につづく

 

 

(※1)@JAM THE WORLD アフタートーク 緊急討論会!?(3) 2016.06.13 - YouTube(佐竹氏出演回)5分40秒あたりから

 

*参考として、

 竹中夏海『アイドルダンス!!!』(2012年ポット出版 p89)では佐竹氏が、

「──今は東京女子流は自分が飛び抜けて統括している感じになっていますが、最初はチーフマネージャーであり、プロジェクトリーダーであった女性の上司がいて(…)。『鼓動の秘密』くらいから、今の体制でやっています」と話している。

 

(※2)謎のガールズグループ東京女子流、ついにベールを脱いだ | BARKS(2010年1月6日)

 

(※3)プロフェショナル育成セクションよりお知らせ「東京女子流メンバー紹介」| エイベックス・アーティストアカデミーオフィシャルブログpowered by Ameba

「──aaa東京校 プロフェショナル育成セクションで日々レッスンを積んできた、新井ひとみ・山邊未夢・庄司芽生が、2010年1月1日東京女子流としてデビューしました!」

 

(※4)キラリ☆ - Wikipedia

 

(※5)アイドリング!!! (グループ) - Wikipedia「品はちライブ」

 

 

 

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 ようやく『東京女子流』までたどりついた。

 

 この文章を書こうと思ったのは、TIF2017のスマイル・ガーデンでの彼女たちのステージに感動したからで、子供のころのアイドルの記憶から、現在までの流れを簡単に整理してみようかと思ったのがきっかけなのだけれど、二週間くらいでまとまるかな、とやりはじめてみたら、一年以上かかってしまった。まったくひどい話だ。

 

 ──と下書きに書いたのが、半年以上まえで、そしてブログにアップしているいまは2019年11月。二年が過ぎてしまった……。

 

 もちろん、2018年の出来事があって、それを書いてしまうまで、アップをとどまったというのもあるのだけれど。

 

 ここで、現在までの「目次」とともに、2018年分もふくめた「予定」を書いてみます。(2019年11月4日時点)

 

 

manufactured girls chronicle

マニファクチャード・ガールズ・クロニクル

 

 [目次]

 

1.マニファクチャード・ガールズ・クロニクル はじまりに

 ブログを書くきっかけと、「manufactured girls chronicle」の意味について。

 

2.「アイドル」と「アーティスト」のはざまで  ──東京女子流 TIF 2017

 ブログの入り口として、2017年の東京アイドルフェスティバルでのパフォーマンスと「アーティスト宣言」について。

 

 

 ■ 1970年代──

 

3.「アイドル」って、なんだっけ? ──1970年代の山口百恵とキャンディーズ

 

 

 ■ 1980年代──

 

4.松田聖子の登場 ──80年代のはじまり

 

5.山口百恵と松田聖子  それぞれの選択

 

6.「おニャン子クラブ」 その可能性と限界

 

7.1986年の岡田有希子

 

8.80年代の終わり【1】 中森明菜と小泉今日子

 

9.80年代の終わり【2】「オタク」「バブル」「森高千里」

 

 

 ■ 1990年代──

 

10.「アーティスト」ってなんだっけ? ──坂井泉水『ZARD』

 

11. アーティストは自作自演?

 

12. 90年代 安室奈美恵の登場

 

13. ダンス・ダンス・ダンス 安室奈美恵の発見

 

14. 神の子どもたちはみな踊る 『SPEED』の衝撃

 

15. 彼女が水着に着がえたら ──CMとグラビアと深夜番組と

 

16. 王子様の魔法「TKプロデュース」 小室哲哉と華原朋美

 

17. 「1998年」音楽CD、史上最高の売上 ──宇多田とあゆとモーニング娘。

 

18. 「Automatic」それは自動的に  宇多田ヒカルの偉業

 

19. 「SEASONS」季節はめぐる 浜崎あゆみへの共感

 

20. 落ちこぼれたちの逆襲  『モーニング娘。』誕生

 

21. 「アイドル冬の時代」の終わり? 広末涼子と鈴木亜美とモーニング娘。

 

22. つんく♂は無慈悲な歌の教師 『モーニング娘。』の成功

 

 

 ■ 2000年代──

 

23. 辺境とアンダーグラウンド【1】 Perfumeの苦闘

 

24. 辺境とアンダーグラウンド【2】 「地下アイドル」とは?

 

25. 辺境とアンダーグラウンド【3】 ローカルとしての木村カエラ そして「ポリリズム」の奇跡

 

26. 辺境とアンダーグラウンド【4】 「秋葉原」都市の重力

 

27. 辺境とアンダーグラウンド【5】『秋葉原48』始動

 

28. 起業としての『AKB48』【1】 三人の若者

 

29. 起業としての『AKB48』【2】 CMとインディーズ・デビュー

 

30. 起業としての『AKB48』【3】 テレビは必要?

 

31. 起業としての『AKB48』【4】 音楽CDの衰退

 

32. 起業としての『AKB48』【5】 秋元康、青春の場

 

33. 成長する『AKB48』 前田敦子は14歳だった

 

34. 「帝国の逆襲」と「新たなる希望」たち【1】AKB48とアイドリング!!!

 

35. 「帝国の逆襲」と「新たなる希望」たち【2】挫折からの反転攻勢

 

36.「帝国の逆襲」と「新たなる希望」たち【3】総選挙から戦国時代へ

 

 

 ■ 2010年代──

 

37. 2010年「アイドル戦国時代」【1】 戦うアイドル

 

38. 2010年「アイドル戦国時代」【2】 群雄割拠

 

 

 これからの「予定」(あくまで目安です)

  • アイドルとアーティストのはざまで【1】東京女子流
  • アイドルとアーティストのはざまで【2】二度の武道館
  • アイドルとアーティストのはざまで【3】アーティスト宣言
  • アイドルとアーティストのはざまで【4】もうひとつの理由
  • アイドルとアーティストのはざまで【5】 再会
  • アイドルとアーティストのはざまで【6】アイドル性その光と影
  • アイドルとアーティストのはざまで【7】 再建のサマー
  • アイドルとアーティストのはざまで【8】 TIF2016
  • アイドルとアーティストのはざまで【9】 深海
  • アイドルとアーティストのはざまで【10】おんなじキモチ
  • アイドルとアーティストのはざまで【11】TIF2017

 

 ■ マニファクチャード・ガールズ・クロニクル 2018

  (2018年のアイドルと『SUPER☆GiRLS』について)

  • 2018年の渡邉幸愛|mikio EG|note 「嵐の夜に」
  • アイドル界の2018年
  • 『ももいろクローバーZ』は突然に
  • 『乃木坂46』卒業の風景
  • AKB48グループの変遷
  • 秋葉原『ディアステージ』の挑戦
  • グループの解散 「アイドルネッサンス」「PASSPO☆」「ベイビーレイズJapan」「バニラビーンズ」
  • manufactured girl group(企画された女の子たち)
  • SUPER☆GiRLSの成り立ち
  • iDOL Street(アイドルストリート)
  • 新メンバーのサプライズ
  • 渡邉幸愛はどこから来たのか
  • SUPER☆GiRLS 第二章
  • SUPER☆GiRLS 第三章
  • 灰色の雲が近づいている
  • 撤退戦Ⅰ(GEM)
  • 撤退戦Ⅱ(Cheeky Parade)
  • SUPER☆GiRLS 『汗と涙のシンデレラ・ストーリー』
  • (追いつめられて)
  • 獅子奮迅 浅川梨奈(あさかわなな)
  • アイドルヲタがアイドルに 浅川梨奈(2)
  • 「1000年に1度の童顔巨乳」浅川梨奈(3)
  • 浅川梨奈と渡邉幸愛
  • 2018年のスーパーガールズ(1)オーディション
  • 2018年のスーパーガールズ(2)金澤有希
  • 2018年のスーパーガールズ(3)大量卒業
  • 2018年のスーパーガールズ(4)それぞれの決断
  • 2018年のスーパーガールズ(5)#夏スパガ
  • そして、2018年の渡邉幸愛
  • コングラCHUレーション!!!!

 

 ──以上の予定です。

 これ、一日一章でも、あとひと月以上かかるんだな…。

 年内で終わるかしら…^^; 

 

 

 2010年の第一回『東京アイドルフェスティバル』(TIF2010)は、品川ステラボールをメイン会場として、8月6日から8日にかけ、前夜祭をふくめて三日間おこなわれた。出演アイドルは45組。(※1)

 

 Wikipediaによれば、6月の記者発表会出席グループとして、

『アイドリング!!!』『さくら学院」』『東京女子流』『バニラビーンズ』『腐男塾』『ももいろクローバー』(Zはまだない)『YGA』(よしもと初のアイドルユニット)とある。

 

 他に主な出演者には、『アイドルカレッジ』『アフィリア・サーガ・イースト』『私立恵比寿中学』『SUPER☆GiRLS』『でんぱ組.inc』『Tomato n'Pine』(3人になってる)『ぱすぽ☆』(ひらがな!)といった面々がならんでいる。(※2)

 

 AKB48グループとハロー!プロジェクト勢をのぞいて、2010年代を彩ることになるグループがそろっている。

 

 TIF2010の公式ラインナップを見ると、『ももいろクローバー』の紹介文に「風雲急を告げるアイドル戦国時代単身果敢に突進する最後のかぶき者『週末ヒロインももいろクローバー』!! 満を持して『TOKYO IDOL FESTIVAL 2010』への登場です」とある。(※2)

 

 この時点ですでに「アイドル戦国時代」というキャッチフレーズが使われているのがわかって興味深い。

 

 『ももいろクローバー』は2008年の結成。

 

 マネージャーであり運営のキーマンである川上アキラが、2007年に、当時担当していた沢尻エリカの騒動でひまになり、スターダストプロモーション内で立ち上げようとしていたアイドル育成プロジェクトに関わることになる。

 

 川上氏によれば、ある会議で上司から「お前、暇だからやれるだろ?」と言われ、はじまったようだ。(※3)

 

 スターダストは、魅力的な若手の女優さんを輩出する事務所として定評がある。しかし90年代に『ZARD』として活躍した坂井泉水はスターダストの所属だったし、中谷美紀や柴咲コウの歌手活動も評価されている。

 

 『美少女戦士セーラームーン』の主題歌を最初に歌った『DALI』もスターダストだった。

 

 『ZARD』の活動が象徴的なように、これまではライブをしなくてもCDの売上が期待できた。だが、時代は変わる。

 

 ももクロが結成された2008年は、山下達郎がライブ活動を再開した年であり(※4)、Perfumeのブレイクが確かになった年だ。

 

 この年、ももクロは路上ライブからはじめる。その下積みからの活動は、Perfumeを思わせる。

 

 やがて2010年に「行くぜっ!怪盗少女」という傑出した楽曲に出会い、人気者になり、活動の規模をどんどん大きくしていく。2014年には国立競技場でライブを行い、2日間で11万人を動員した。

 

 『でんぱ組.inc』も2008年の末に活動をはじめている。

 

 2007年に、プロデューサーでもある福嶋麻衣子(もふくちゃん)が開店した『秋葉原ディアステージ』から誕生した。(※5)

 

 この店ではアニソン歌手やアイドルをめざす女の子たちが接客をしながら、ライブも行う。その店員であり立ち上げメンバーでもあった古川未鈴のアイドル志向と、福嶋氏のアキバ的な萌え文化への愛着から、でんぱ組.inc が形づくられていく。

 

 福嶋氏は東京芸大で音楽を専攻していた。2006年ころからの混沌としたアキバ文化が好きで、メイド喫茶にも通っていた。アートがお金にむすびつかない現状を憂い、ビジネスに結びつけられないかと考えていた。そんなときにAKB48も出てきて、秋葉原が盛り上がる機運があった。彼女はアイドル文化やアキバ文化をあわせてビジネスにならないかと、仲間といっしょに『ディアステージ』を立ち上げ、やがて『でんぱ組.inc』のプロデューサーとなる。

 

「──当時、ファッション業界の人とか、アート業界の人が、『アキバ』や『オタク』をバカにしていて、すごく腹が立っていた」と彼女は話す。「秋葉原は面白い、いまいちばんカッコイイのはこれでしょ、と振り向かせたかった」(※6)

 

 でんぱ組.incはデビューがゲーム音楽だったこともあり、電子音を多用し、わちゃわちゃした感じの「電波ソング」を歌う。 注目されるきっかけとなった「W.W.D」(2013年)は、メンバーのドキュメンタリーソングといわれ、ただ明るく楽しいだけではない一面も持つ。

 

 その「W.W.D」の作詞、作曲は前山田健一がつとめている。ももクロの「行くぜっ!怪盗少女」も彼の作詞、作曲だ。前山田氏は2010年代のアイドルソングにとって重要な存在だ。

 

 でんぱ組.incは2014年に日本武道館でのコンサートを成功させる。完全なインディペンデントから、手作りではじまったアイドルグループが成しとげた快挙だった。

 

 彼女たちのサクセスストーリーは、その後、より大量のアイドルグループがインディペンデントから誕生する刺激となった。

 

 『さくら学院』はPerfumeを誕生させたアミューズが運営するアイドルグループ。2010年に結成され、デビューステージが8月7日の東京アイドルフェスティバルだった。

 

 メンバーは小中学生で構成され、学校生活とクラブ活動をテーマに活動し、義務教育を終えると同時にグループを卒業することから、「成長期限定!!」ユニットとされている。

 

 そのクラブ活動のひとつ「重音部」として活動をはじめたのが、『BABYMETAL』だ。

 

 2011年にユニット名を発表し、ヘビーメタルとアイドルの融合として注目され、海外でも評判を呼ぶ。2013年にメジャーデビューをはたし、「ROCK IN JAPAN」や「サマーソニック」などの音楽フェスに参加して知名度を上げる。

 

 2014年3月には2日間にわたって日本武道館でライブをおこない、それまでの女性最年少記録を更新した。平均年齢14.7歳だった。(それまでの記録をもっていたのが東京女子流だった)

 

 その年の7月から、彼女たちはワールドツアーを開始、レディー・ガガの北米ツアーのオープニングアクトをつとめるなど、活躍の場を海外へと飛躍させていった。

 

 エイベックスからは『SUPER☆GiRLS』と『東京女子流』が出演している。どちらも2010年の結成だ。

 

 『SUPER☆GiRLS』は一般公募のオーディション によって選ばれ、エイベックス初のアイドルグループとして6月に誕生している。

 

 プロジェクトの統括プロデューサーである樋口竜雄は、もともと松浦亜弥のファンサイトを構築し、運営していたハロヲタとして知られる。

 

 ももクロの川上アキラはプロレスヲタではあったけれど、アイドルヲタではなかった。でんぱ組の福嶋麻衣子はアキバ文化やアイドルにアート的な面白みを感じて会社を起業した。BABYMETALを企画した小林啓はアミューズの社員でマネージャーだったが、バンド活動の経験があった。

 

 スパガの樋口氏は「──僕はつんく♂さんや秋元さんのようにクリエイターではないし、自分で会社をやっているわけでもないから…」というが、純粋なアイドルヲタがメジャーなレコード会社に就職し、じっさいにアイドルをプロデュースするという、かなりユニークな存在である。(※7)

 

 ただ、エイベックスは90年代に、アイドル的な打ち出しをさけて、若い女性歌手を「アーティスト」としてつくりあげ、成功した企業である。その成功体験をカルチャーとする企業で、樋口氏はエイベックスなりのアイドルの姿を模索することになる。

 

 そして『東京女子流』は2010年1月の結成。彼女たちについては次章からくわしく書いていく。

 

 東京アイドルフェスティバルは2010年に出演グループ45組、入場者数5000人からはじまり、2017年には8万人をこえる動員を記録した。(※8)

 

 2019年は出演アイドルが総勢 212組 1393名。来場者数は8万8000人となり、TIF史上最高となった。(※9)

 

 「アイドル戦国時代は終わった」という声も聞こえるようになったが、東京アイドルフェスティバルは、毎年動員を増やしつづけている。

 

 一方、2010年は韓国から現れたK‐POPアイドル、『少女時代』と『KARA』が日本で活動をはじめた年でもある。

 

 韓流のブームは2003年の韓国ドラマ『冬のソナタ』からはじまるとされるが、2001年には『BoA』が、その後『東方神起』(2003年結成)や『BIGBANG』(2006年結成)が日本でも活躍していた。

 

 『少女時代』と『KARA』はともに、2011年のNHK「紅白歌合戦」に初出場している。

 

 2010年、『東京女子流』を立ち上げることになる佐竹義康は、それ以前、エイベックスで『東方神起』のプロジェクトに従事していた。

 

 

 ──「アイドルとアーティストのはざまで【1】東京女子流」につづく

 

 

 

(※1)TOKYO IDOL FESTIVAL - Wikipedia「2010年」

 

(※2)TOKYO IDOL FESTIVAL 2010(公式・出演者)

 

(※3)吉田豪と川上アキラ ももいろクローバー誕生を語る(2019年3月26日『猫舌SHOWROOM 豪の部屋』書き起こし)

 

(※4)起業としての『AKB48』【4】 音楽CDの衰退 |マニファクチャード・ガールズ・クロニクル(参照)

 

(※5)秋葉原ディアステージ - Wikipedia

 

(※6)妄想の泉 - TOKYO FM 80.0MHz - ハヤカワ五味

  2019年9月14日、21日 福嶋麻衣子ゲスト回参考

 

(※7)iDOL Street 樋口竜雄×編集長 平賀哲雄 スペシャル対談 | Special | Billboard JAPANp3

 

(※8)【ライブレポート】3日間で8万人超動員した「TIF2017」最終日を乃木坂46、女子流、アイルネらが彩る(写真175枚) - 音楽ナタリー

 

(※9)お知らせ詳細|TOKYO IDOL FESTIVAL 2019