2014年2月、SUPER☆GiRLSはパシフィコ横浜での公演をもって、初代リーダーだった八坂沙織が卒業する。先に卒業したメンバーをあわせて3人がグループを離れ、一期メンバーは9人となった。
八坂沙織の卒業は前年の12月に発表された。そのときに浅川梨奈(当時14歳)と内村莉彩(当時13歳)の新加入も発表されていた。
ただ、このパシフィコ横浜では、もう一人、新メンバーが発表される。それが渡邉幸愛(当時15歳)である。このサプライズ加入が物議をかもすことになる。
渡邉幸愛はもともと『Party Rockets(パーティロケッツ)』というアイドルグループでリーダーを努めていた。仙台ローカルを中心に活動していたものの、メジャーレーベルからCDデビューしており、エリック・マーティンによる楽曲提供や、アイドル・フェスでの活躍もあって、知られた存在だった。
そんな別グループのエースを引き抜くようなかたちで移籍させたのだ。話題にはなるだろうが、反発も予想される。そもそも、そんなやり方は許されるのだろうか?
統括プロデューサーだった樋口氏はこう言っている。(※1)
「──当時、彼女が所属していたステップワンの佐藤社長とお会いする機会をいただいて、移籍をお願いしたんですよ。(…)ロードマップを見せてスパガには彼女が必要なんだとお願いしてみたら、『良いと思いますよ』って。『彼女の将来のためになるんだったら良いです』って、本当に愛されているんですよね。(…)今度はレーベルの方にお願いしに行ったら、色々と紆余曲折はありましたけど最後はやっぱり『彼女のためになるんだったら良いですよ』と仰るんですよ。(…)彼女も相当悩んだと思いますが、スパガへの加入を決めてくれて。本当に円満に移籍することになったんです」
じつは、渡邉幸愛はSUPER☆GiRLSを誕生させた『avex アイドルオーディション2010』を受けていた。しかし二次審査で落選。彼女によれば「緊張で歌詞がとんでしまい、うまく歌えなかった」そうだ。
その後、もともと仙台ローカルで活動していたアイドルグループから選抜されるかたちで、2012年にParty Rocketsが結成され、8月にメジャーデビューした。(※2)
Party Rocketsでの渡邉幸愛の活躍を見た樋口プロデューサーは、彼女がSUPER☆GiRLSのオーディションを受けていたことを知り、白羽の矢を立てる。彼女もスパガへの加入を決断した。
そうはいっても、別のグループのエースである。スパガのメンバーもどういう態度をとればいいかわからず、ファンも戸惑ったことだろう。そもそもSUPER☆GiRLSは新メンバーを受け入れること自体がはじめての経験だった。
浅川梨奈は、はじめて同期として加入する渡邉幸愛を紹介されたとき、「え、だれ?」と思ったという。(※3)
スタッフから一期のメンバーには、「今のスパガに足りない、パフォーマンス力を持っている子です」と渡邉幸愛の加入を説明された。(※4)
これを聞いた、メンバーはどう思っただろう。スタッフはメンバーを鼓舞したかったのだろうけれど、自分たちでは不足なのか、と反感を抱きかねない。歳も近く、スパガの歌姫とされていた溝手るかは、「勝手にライバル視してました」と後年ブログに書いている。
加入する渡邉幸愛のほうも、完成されたグループにあとから入ることの厳しさを強く感じることになる。彼女は後輩のストリート生ではないどころか、リーダーまでつとめたグループを捨てるようにして現れた。純粋さが好きなアイドルファンであれば、アンチの視線をもってもおかしくはない。
じっさい彼女への逆風は思った以上だった。見ようとしなくても入ってくる批判。グループの握手会などでは、彼女だけ握手をせずに通り過ぎる人もいた。
「──胸がぎゅっと締め付けられる毎日で、なんて冷たい場所なんだろうって思ってた」(※5)
別のブログにはこんな事も書いている。
「──はじまりのパシフィコ横浜でのステージは今でも鮮明に覚えてる! 緊張したし、不安に押しつぶされそうで、けどこれからが楽しみで、…」
だが、厳しい逆風にあう。
「──メンバーにもファンの皆さんにも受け入れられていないことを肌で感じたし、馴染めてないことも自分でわかった。けど、幼かったし、経験も少ない私は、どうすることもできなくて、ほんとに毎日が苦しかったです」(※6)
ミュージックビデオの撮影では「笑顔がつくれない」と泣きだし、取材などでも気持ちが不安定になって涙を流した。(※7)
オープニングメンバーであり四代目リーダーを努めた溝手るかは、配信番組に出演したさい、SUPER☆GiRLSの結成当初には「卒業と加入をくりかえすグループだとは聞いていなかった」と話している。(※8)
2010年の結成から2014年の二期加入まで、毎年のように卒業者が出ている。どこかの時点で運営として、12人前後のグループ規模を維持するには新メンバー加入が必要だと考えたのだろう。
(モーニング娘。をモデルとしているなら当初からその可能性は折り込み済みだったかもしれない。ただ、メンバーのモチベーションを考えるなら、はじめからそうは言わないだろう)
他のグループからエースを移籍加入させるという施策は大胆で、離れて見ているぶんには、とても興味深い。しかし、あまりにも準備ができていなかった。
二期の3人には、既存の曲のダンスも、ただ映像をわたされて、覚えておくようにと指示されただけだった。彼女たちは数十におよぶ楽曲を、自主練で覚えるしかなかった。
すでに出来上がったグループに加入する大変さは、元モーニング娘。の矢口真里も話していた。
とくに二期生は、メンバーにもスタッフにも、はじめての経験でノウハウがない。モーニング娘。は人数や年齢差で、あまり前例のないグループアイドルだった。彼女も一期と二期が打ち解けるまで、2年くらいかかったという。(※8)
AKB48も一期(チームA)と二期(チームK)の間で軋轢があった。
一期の前田敦子は、始まってたった三ヶ月で新しい子たちを入れると聞いて、「えっ? 私たちじゃダメなの」と感じ、悲しい気持ちになったといい。二期は「チームAを追い越せ」「チームAがいるからおまえたちはいらないんだ」と発破をかけられて、ライバル心を燃やすことになる。(※9)
AKB48の一期と二期のライバル関係は、それぞれのファンの間での対立やトラブルまで生みだした。劇場ではコールの声の大きさを競い合い、メンバーとのハイタッチのときは二期のファンが、一期のメンバーのまえを素通りした。
その対立が解消されはじめるのは、2007年7月の一期二期合同のシャッフル公演「ひまわり組」のころだといわれる。やはり二年近くを要している。一期には前田敦子がいて、二期には大島優子がいた。ふたりのライバル関係はこのあと「選抜総選挙」に持ち込まれていく。
SUPER☆GiRLSの二期生、渡邉幸愛、浅川梨奈、内村莉彩も、先輩との距離感がつかめず、いつも3人で固まっていたという。しかし、この3人もまたそれぞれに個性が違い、ほんとうに馴染むまではずいぶん時間がかかったようだ。
歌とダンスが好きで、小学校の三年生のころからアイドルのステージに立っていた渡邉幸愛。AKB48の高橋みなみにあこがれ、スパガの田中美麗を発見して、彼女に近づきたい一心でオーディションを受けたというオタク気質の浅川梨奈。本を読むことが好きで、どちらかといえばクールな印象の内村莉彩。
おそらく同じクラスにいても仲良くはならないような子たちが、メンバーとして集まり、絆を深めていく。
──「渡邉幸愛はどこからきたのか」につづく
(※1)統括プロデューサー 樋口竜雄氏再び! アイストを語り尽くす!! | Special | Billboard JAPAN
(※2)Party Rockets GT - Wikipedia
(※3) 1月13日OA「SUPER☆GiRLSのスーパーラジオ!」ハイライト - YouTube 「え、だれ?」
(※4)大好きなメンバー | 溝手るか(SUPER☆GiRLS)オフィシャルブログ 「がんばるかっ」 Powered by Ameba(2019-01-11)
「──スタッフさんから幸愛の加入を知らされたとき、
『今のスパガに足りない、パフォーマンス力を持っている子です』
って紹介されたもんだから、加入当初、実は勝手にライバル視してました。笑
なんでもできる幸愛が羨ましくて、自分の実力不足が悔しかったんだよね。幸愛にはたくさん刺激をもらいました。…」
(※5)▶︎5周年ありがとう | 渡邉幸愛(SUPER☆GiRLS)オフィシャルブログ Powered by Ameba(2019-02-23)
(※6)▶︎4周年 | 渡邉幸愛(SUPER☆GiRLS)オフィシャルブログ Powered by Ameba(2018-02-23)
(※7)<連載 第3回>スパガ個別インタビュー:まるでFA移籍? 昨年新加入の渡邉幸愛が鳴らす5年目の警鐘 | Daily News | Billboard JAPAN
(※8)『矢口真里の火曜The NIGHT #133 ~卒業するからこそ言えるこれからのスパガ』AbemaTV(2018年12月12日)
(※9)『AKB48ヒストリー』p23
本ブログ参考:成長する『AKB48』 前田敦子は14歳だった
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