1998年の12月に宇多田ヒカルは「Automatic」でCDデビューしている。
彼女をはじめて見たのは、「Automatic」のTVスポットだった。あの、腰を低くして踊る印象的なMVのCMバージョンだ。テレビ画面のなかでカワイイ女の子が大人びた歌をうたいながらカッコよく体をゆらしていた。
カーキ色のペインターパンツに真っ赤なタートルネックのセーターで、黄色くほのかに浮かび上がったシングルソファのまえに存在する彼女のビジュアルは、多くの人の記憶に焼きついた。
印象的な歌声にストリートファッションにカジュアルなダンス、そんな十代の女の子の登場は、ちょっと『SPEED』を思わせるところもあった。
ただ、とにかく元気の良さが前面にでていた『SPEED』にたいして、宇多田ヒカルの歌声はすでに洗練されていて、どこか憂いを含んでいた。
この歌の上手な女の子はだれだろう? とみんなが思った。
「Automatic」が彼女の作詞作曲で、有名な歌手の娘さんで、まだ15歳だと知るのに、そんなに時間はかからなかった。
あの独特のダンスは計算されたものかと思っていたが、のちに裏話で、撮影がはじまってから即興でつくりあげたものだと知った。
いざ、ミュージックビデオを撮影をする段になって、セットの幅とカメラ位置の関係からあまり広い画をつくることができないと判明した。そのとき宇多田ヒカルの方から、「じゃ、このくらいしゃがめば映りますか」と確認しながら、その場にあわせて、音楽に身をゆだねる。
そんな話を聞いても、粋だな、と思った。
1999年3月にリリースしたファーストアルバム『First Love』は767万枚を売り上げ、オリコンによれば日本の音楽史上もっとも売れたCDアルバムとなっている。(※1)
おそらくパッケージメディアとしての音楽CDがこの記録をぬりかえることはもうないだろう。
この時代、携帯電話はまだ半分のひとが使っていない。若者はネットでメールやブラウザーくらいは使っていても、音楽やましてや映像なんてあつかえる容量がなかった。
いましらべてみると1999年の2月にドコモの「iモード」がはじまっている。ようやくモバイルインターネットの兆しが現れたばかりの時代だ。「iPhone」の登場まではあと10年近く待たなければならない。
宇多田ヒカルのセカンドシングル「Movin' on without you」の歌詞では、「──枕元のPHS 鳴るのを待っている」と、女子高生は通信料の安いPHSを持っていたのがわかって面白い。
「Automatic」では、「──七回目のベルで 受話器を取った君」と、彼の家では固定電話が鳴っている。彼はまだケータイもPHSも持っていなかったのだ。ちょっとしたことだけれど時代の風景がよく描きだされている。
宇多田ヒカルの歌を聴いていて感じるのは、「出会えた奇跡」なんて信じていないことだ。
華原朋美の歌には出会いの喜びがあふれていた。
小室哲哉の歌詞はさすがに「奇跡」ということばを避けているが、「──輝く白い恋の始まりは とてもはるか遠く昔のこと」(I BELIEVE)とその運命を強調し、「──いつからか自分を誇れるように なってきたのはきっと あなたに会えた夜から」(I'm proud)と、わたしがわたしになれたのは、あなたのおかげだと歌う。
感動的だけれど、それは誰かに与えられたものだ。その歌詞が彼によって与えられたように。
「Automatic」も恋の歌だ。でも「出会えた奇跡」は感じられない。
「──嫌なことがあった日も君に会うと全部フッ飛んじゃう」し、「──見つめられるだけでドキドキ止まらない」から、「──体中が熱くなって…ハラハラ隠せない」と歌う。
そこにあるのは、はじまったばかりの「かわいい欲望」だ。
それは誰かに与えられた奇跡でも、どこかで決められた運命でもなく、どうしようもなく自分の内から現れてくる感情なのだ。
宇多田ヒカルにとっての「恋」は、DNAのスイッチが入ってしまう、あたりまえの出来事だ。そう「Automatic」=自動的に。
宇多田ヒカルはじぶんの感情をみつめて、メロディをさがし、リズムをきざみ、ことばを生みだす。
だから彼女は、「──おとぎ話みたいに ガラスのハイヒール 見つけてもダメ」だと歌うのだ。「Movin' on without you」=あなたなしでどんどん進もう。
王子様のいなくなった世界で、立ちつくす女の子たちに、彼女はよりそい、そう語りかけた。
宇多田ヒカルが音楽史に打ち立てた偉業は、奇跡でも、魔法でもない。
でも、ほんとうに王子様はこの世界にいないの?
──『「SEASONS」季節はめぐる 浜崎あゆみ』につづく
(※1)【オリコン“平成セールス”ランキング】シングルはSMAP、アルバムは宇多田ヒカルが1位 “平成No.1”アーティスト別セールスのB’zからはコメント到着 | ORICON NEWS





