《金閣寺の謎》 | efgmailadさんのブログ

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(このての話はウザいかなぁ~〓)


『謎多き金閣寺??』

本当は〔金閣寺〕じゃないよね。
《鹿苑寺》→ろくおんじ。
鹿苑寺の〔金閣舍利殿〕→きんかくしゃりでん、というのが本名やね。

謎①〈なぜ〔鹿苑〕なのか?〉
金閣は室町幕府第三代将軍足利義満が建てて、義満の死後の法名、つまり戒名が《鹿苑院》だから、そこからとって鹿苑寺というんやて。

金閣は三階建て。一階は白木寝殿造り、二階は武家造り、三階は仏殿造りになってて、変なことに二階と三階だけに金箔が貼ってあるん。

謎②〈なぜ一階だけ金箔がないのか?〉

金閣は、足利義満が自分の権力を皇族や公家に見せつける為に建てたもので、一階(つまり一番下)を皇族や公家の建物の仕様〔寝殿造り〕にし、わざと金箔を貼らないという《当て付け》をして、格差を〔見せつけた〕

謎③〈なぜ《見せつける》必要があったのか?〉
義満は当時の天皇〔後円融天皇〕→ごえんゆうてんのう、といとこで(母親同士が姉妹)年齢も同じだったことから、ライバル的な関係にあり対立していた為。また天皇という地位も(いとこから奪い取ろうと)していたようだ。

謎④〈屋根の上の鳳凰〉
鳳凰とは聖なる王が現れると、この世に飛んでくるという想像上の鳥。それで義満は「我こそが聖なる国王である」(天皇より上だ!)と表現したの。

実際に明→みん(当時の先進大国)の皇帝から〔日本国王〕の称号をもらっている。
お墨付きをもらったん。


のちの織田信長も天下布武→てんかふぶ(つまり天下統一)の精神を、安土城の最上階に鳳凰を描いていたたそうな。
壁に書かれた《絵》の鳳凰だったんやて。

金閣は室町時代から現代まで存続してきたが、昭和25年に全焼してしまったん。
現在の金閣は再建されたもの。

1397年に造りはじめ
1408年に完成した当時は金閣の周囲には天鏡閣、辰殿、看雲亭、無量光院という同じような建物がいくつもある広大な庭園だったそうな。


が、義満の死後、取り壊されて金閣だけが残された。

謎⑤〈なぜ金閣だけが残されたのか?〉

〔金閣をなくすと〕義満の怨霊が怒り、干ばつや飢饉、地震や落雷、病気(伝染病)を引き起こすと考えられていたからなんやて。

おわり