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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

私の高校時代は「野球」に明け暮れた時期といっても過言ではありませんでした。完全に「オフ」の日は年に5日ほどしかなく、合宿の時などは1日12時間の練習を強いられたこともあります。その上最低限の学業成績を維持することが「義務」だったのですから、日々をやり過ごすことで精一杯だった気がします。今から考えても「刑務所」に収監されていたのと同様の「地獄の日々」だったような気がしてなりません(笑)。もっとも、この頃の経験が今を生きる私の「礎」になっていることは、疑いようのない事実なのです。

 

現在の「合理的・効率的な練習」と比較すれば、私の経験など全く意味をなさないことなのかもしれません。けれども、たとえ非合理・非効率であろうとも、「力を蓄えるべき時期」というのは誰にでもあるもので、その時期にいかに「苦労」したかが、後の成否に重要な影響を与える気がしてならないのです。

今でこそ「スーパースター」として誰もが認める野球選手であっても、中学や高校時代に相当の練習量を耐え忍んできたケースがほとんどだと思います。華麗なプレーだけに目が行きがちではありますが、そんな「プロの技」を生み出した「背景」を知ることも、なかなかに興味深いものなのかもしれません。

 

心身ともに成長が著しい時期に少々の無理を強いることは、後に「大きく花開く」ためには必須の条件であるような気がします。当然のことながら、厳しい鍛錬の中でも、致命的な「傷」を負うことがないよう、常に目を光らせ管理する指導者の「能力」は重要であり、そういう意味では我々子供を指導する側の責任は重大だと言えるでしょう。十分な配慮を欠かすことなく、それでも「成長のための「無理強い」」を怠らない姿勢こそが、「指導者」に求められる資質なのだと、私は考えているのです。

 

合理性や効率性は確かに重要で、人類が発展していくためには常に追い求めるべき「目標」であることは間違いがありません。一方で、長い人生の「ずっと先」を見据え、今こそ「力を蓄える時期」と強く自覚して、一心不乱に事に当たる時期も必要なのではないかと、私は思うのです。「頑張ること」を覚えた子は、この先の人生においてもきっと「頑張れる」のではないかと、極めてシンプルに私はそう考えるのです。

 

理不尽がまかり通る世の中においても、「頑張れる人」の根底には「力を蓄えるべき時期」にしっかりと努力された人であり、それは合理性や効率性をひとまず横において、とにかく「目の前のことを頑張るぞ!」という経験をされた方なのではないかと、私は考えているのです。

 

「じゅくちょうは考え方が古い!」と言われようが、この信念だけは変えることができない私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

昨日の「ゲリラ豪雨」は、三島市でもかなり強烈でした。

 

18時頃、そろばん指導を終えた母を三島駅まで車で送っていったのですが、この時が最も強い雨が降っており、降り始めからさほど時間が経っていないにもかかわらず、ちょっと低い土地では既に「洪水」のような有り様で、排水溝からは噴水のように汚水が溢れていました。このまま降り続ければ授業が終わっても自宅に帰れないのでは、と心配していましたが、2時間ほどで雨はすっかり上がってしまいました。

真夏の最高気温が数度上がったからといって、さほど驚くことはないのですが、今日のように極めて短期的かつ極端な天候の変化は、やっぱり地球全体が「異常気象」に陥っているという事実を嫌というほど実感させられているような気がしてなりません。これからを生きる我々としては、暑さや寒さを耐え忍ぶ以上の「覚悟」が必要なのかもしれません。

 

本日の仕事がほぼ終了したのが23時頃、いつものように、この時間になると自宅に帰っても私の「夕食」は準備されておりません(笑)。五十路も半ばを迎えると、いくらお腹が空いているとはいえ、連日揚げ物や肉などを食べる気力が湧かなくなるものです(笑)。できれば魚介類が食べたいな、と考えたところで、深夜に魚料理など食べさせてくれるお店などあろうはずがないのです。仕方がないので、何か軽いものでも買おうかと、教室近隣の24時間営業のスーパーに立ち寄ったのですが・・・

私、このスーパーに時折立ち寄るようになって20年以上になります。夜になると、売れ残った弁当や総菜類が「半額」になり、時折狙っているのですが(笑)、いつもは「炒飯」や「焼きそば」ばかりで、それはそれでありがたいのですが、やや「胃にもたれる」感じがあったのです。

「お寿司」のコーナーもあるにはあるのですが、私が立ち寄れる時間帯にはほぼ「売り切れ」状態で、今の今まで「半額のお寿司」を手に入れることができないままでした。

 

ところが本日、ついに念願かなって写真のお寿司をゲットすることができたのです!(笑)。13貫も入っていて、当然のことながら私が大好きな「イカ」もあります。400円ほどで「お寿司」の夕食にありつけた私は、なんと幸運なことでしょうか!(笑)。

 

おそらくは夕方のゲリラ豪雨で、普段「売れ残り」を買い占める一団が来店できなかったのだと思われます。そう考えれば、ゲリラ豪雨もあながち悪いものではないな、などと考えつつも(笑)、こんな小さな幸運を大きな喜びに感じられる私は、案外「おめでたい」人間なのかもしれないと、ようやくゲットしたお寿司を頬張りながらふと考えた私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

昨夜は翌日の授業の準備があり、帰りが深夜1時頃になってしまいました。

 

この時間になると、さすがに自宅に「夕食」が準備されているはずもなく、さりとてどこかで外食するのも面倒で、道すがらのコンビニに寄ることにしました。

 

そのコンビニはそこそこ広い駐車場を備えており、時間が時間ということもあって、駐車しているのは私だけという状況でした。空腹感はありましたが、深夜ということもあり、パンやおむすびなど簡単な食べ物だけ購入し、店を出ようとしたのですが、その際にちょっと「おかしな」女性とすれ違いました。

 

恐らくは私と同じくらいの年齢だと思うのですが、一人で店内に入ってきているにもかかわらず、なぜか声を上げて笑っていました。一見して「普通の人ではない」ということは理解できました。それでも、私自身は「あとは帰るだけ」でしたので、さして気にも留めず、車に戻ろうとしたのですが、そこではさらに驚くような光景を目の当たりにしてしまいました(笑)。

 

前述した通り駐車場はガラガラの状態だったのですが、なぜか1台の軽自動車が私の車にぴったり「横付け」しているのです。私の車は駐車場に頭から突っ込んでいるのに対し、その車はバックで駐車しています。しかも数センチほどの間隔でぴったりつけられていて、私が車に乗り込むことができないのです。その車の窓が開いていたので、思わず、

 

「おい、これじゃ車に乗れないよ!駐車場は十分に空いてるんだから、わざわざ隣に停めるなよ!」

 

と声を掛けたのですが、車内には80歳を優に超えていると思しき男性が運転しており、その顔を見てすぐに先ほど店内に入ってきた「おかしな人」の親だとわかりました。

私に声を掛けられて、車を移動しようとしたのですが、これがまた実に危なっかしいのです(笑)。切り返しをする度にどんどん私の車に接近してきて、ほんの数ミリのところまで近づいてきてしまいました。私自身は基本的にお年寄りには優しく接しているつもりなのですが(笑)、目の前で自らの車がぶつけられそうになっている現状にはいてもたってもいられず、

 

「おい!当たるよ!しっかりまわりを見ろよ!」

 

と、深夜にもかかわらず大声を張り上げてしまいました(笑)。一連の騒ぎの中でも、店内に入ってきた「おかしな人」と同様に、このお爺さんは一切の謝罪や弁明をすることなく、ただただニヤニヤ笑っていたのが実に気味が悪く、不快に感じてしまいました。後々確認してみたのですが、幸いにしてどうやら当てられてはいなかったようで、ほっとしたのでした。

 

ここからはあくまで私の推測ですが、このご老人はちょっと「おかしな」娘さんの面倒を見ているのだと思います。非常識な時間に娘に求められるがまま、コンビニまで連れてこられたのではないかと、けれどもお爺さん自体の「運転能力」は相当に衰えていて、もはや状況判断さえままならず、「危険な運転」を繰り返してしまっている現状なのではないかと思うのです。

とりあえず判断能力が著しく衰えた老人に「運転させない」ようにすることが必要だと強く感じるとともに、この状況はきっとこの親子も、巻き込まれる「他人」も、誰一人として「幸せになれない」だろうと、ただただ悲しくなってしまった深夜のコンビニなのでした。

 

頑張りましょう!

私がまだ「リーゼント」がよく似合う「好青年」であった頃(笑)、当時の職場にドイツから来日した若い研修医がいました。

結局彼は極度の「ホームシック」となってしまい、1年足らずで帰国してしまったのですが、帰国するまでの間、彼とはお互いに片言の「英語」でよく会話をしたものでした。

彼は医師とはいえドイツ人ですから、決して「英語」が完ぺきではなかったことに加え、私自身も「大学入試レベル」の英語力でしたので「自由自在に意思疎通」できるという訳にはいきませんでしたが、それでも最低限のコミュニケーションはしっかりととれていたと思います。無味乾燥であったはずの「受験英語」が、

 

「あれ、ちょっとは役立つんじゃね?」

 

と実感した出来事でした。

 

かつて当塾で10年に渡り勤務してくれたI先生は(今や静岡県の社労士会の会長をされているそうで、完全に立場が逆転してしまいました(笑))、大学の恩師から、

 

「中学レベルの英語を完全にマスターしておけば、英語での日常会話に困ることはほとんどない」

 

という教えを忠実に守り、自ら中学3学年の教科書を実費で購入し、塾生への指導というよりも、自分自身の研鑽のために勉強されていました。当然のことながら、もともと中学生の英語を指導するだけの知識は持ち合わせていたのですが、再度「基礎から見直す」ことで、指導する側としても「新たな発見」がたくさんあったと聞きました。

 

とりわけ大学受験においては、英語は「最重要科目」であることは言うまでもありませんが、「受験英語」については時折批判的な見解が述べられることもあります。そんな識者の指摘は「至極ごもっとも」な部分も少なくないと思いますが、それでも私の拙い経験則に照らして考えれば、決して「無意味なもの」だとは言い切れない部分があるのです。たとえそれが「英語をマスターする」ための「最短ルート」ではないとしても、「大学進学のための知識」としてだけでなく、「外国語に触れるための基礎的知識」であったり、「異文化に触れるための、ひとつのツール」として捉えることができれば、自ずと英語に対する取り組み方が変わってくるような気がしています。

 

「私はずっと日本に住むつもりで、外国人と接することなんてないのだから、英語なんて必要ない!」

 

などと寂しいことを言わないでください(笑)。決して「難しくない」中学英語をマスターすることで、異文化に直接触れる機会を得ることになるかもしれないのです。それは必ず皆さんの人生をより豊かにしてくれるということを、私は信じて疑いません。

 

英語は受験戦略上の重要なツールであるだけでなく、今後の皆さんの人生を豊かにしてくれるツールであるのかもしれません。そう考えると、「受験英語」への向き合い方も、少しだけ変わってくるのかもしれませんよ。

 

頑張りましょう!

いよいよ夏期休暇期間も終了し、本日より本格的な授業再開となります。

私自身はなんだかんだで連日三島教室に通っており、沼津教室の清掃・整理整頓なども行っていた上に、複数の振替授業も実施したことで、あまり休んでいる自覚がありませんでした(笑)。本日午前中に予約していた歯医者に向かい(歯肉炎の治療の際に虫歯が発見されてしまいました。今回で治療終了の予定です)、午後からは通常授業再開となります。

 

夏休みも最終盤、学校課題が終わっていない子は大いに焦らなければならない時期です。学校の課題は「税金」みたいなもので、「出して当たり前、出さなければそれ相応の罰(内申点での報復)」が待っているものと考えて、何が何でも「期限内提出」を徹底すべきです。秋以降にどうしても成績を上げたい子は、学校課題だけをこなしても全く意味がありません。学校課題は「普通の子」であれば「誰でもやってくるもの」であり、他の子に「差」をつけたいのであれば、学校課題以上の学習をしなければなりません。課題が終わってほっとひと息という気分はわからなくもないですが、それ以上の学習をするための時間はまだ残されているはずです。ここで「もうひと頑張り」することが、秋以降の学習に必ず生きてくるはずですので、継続して学習に取り組むようにしてください。

 

私にとって「通常授業がない」という生活は、肉体的・精神的には「楽」であったことは確かですが、だからといって「健康的」に過ごせたかと言えば、決してそうではありませんでした。若干の「ストレス」と、少々の「無理」を強いられる日常に慣れてしまったというか、当たり前の日常から、急に「休暇」を与えられたところで、「どうすりゃいいの?」という戸惑いを無意識のうちに感じていたようで、決して快適かつ有意義な休暇とは言えなかったというのが実情でした。おそらくは、日々忙しく働かれている保護者様の中にも、私と同じように考える方も少なくないように思います。

「気が張っている」などとよく言いますが、ある種の緊張感の中では少々の無理が効くけれど、一方で急な「弛緩」状態に陥ると、「どうしよう?」という心情になってしまうのかもしれません(笑)。これはある種のワーカーホリックなのかもしれませんね。いや、そんなカッコつけた横文字ではなく、私の場合は「貧乏暇なし」と表現した方が適切なのかもしれません(笑)。

 

とにもかくにも、本日から通常授業が始まります。休暇明けもしっかり「シゴイてやろう!」と手ぐすねを引いて塾生たちを待つ私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

母の度を越えた「エアコン嫌い」については、このブログでも何回か書かせていただきました。エアコンに親でも殺されたのか?と思ってしまうくらい、なぜかエアコンを憎んでいたのです(笑)。

個人的に「エアコンを使わない」という選択をするのであればまだしも、家族共有の車のエアコンスイッチさえ切って回るという徹底ぶりで、少々困っていたところでした。母は昔から、自分自身が「よい!」と信じたことに対しては、自分だけでは飽き足らず、他人にまで半ば強制しようとする悪癖があるのです(笑)。

 

特に今夏は猛暑が続き、エアコンを使わず、湿気も充満した室内で、一人「我慢大会」を継続する母は、暑さに耐えかねてか時折ボーっとしている様子もうかがわれ、どうしたものかと思案していたところでした。少なくとも我々の助言には全く耳を貸そうとせず、これはもう一度熱中症になってもらい、酷暑の危険性を「身をもって」体感してもらうしかない、とまで考えていました。母が一体何と「戦って」いるのか皆目見当がつきませんが(笑)、とにかく80歳を超えた老人の「我慢」は、「危険」に直結するものだということをいかに理解してもらうか、頭を悩ませていたところでした。

 

ところが、そんな母が突然こんなことを言い出して大変驚きました。

 

「和室のエアコンが効いてるから、そこで食事をすればいいよ。昨日の晩御飯は和室で食べたよ。」

 

あれほどエアコンを忌み嫌っていた母が、なぜか突然エアコンを利用し始めたのです(笑)。

このような母の「激変」はこれまでも何度かあり、おそらく考えられる理由は以下の2点です。

 

①母の主たる情報源は今でも「テレビ」であり、そのテレビに出演している医師(母が信用している医師に限る)が、おそらく「熱中症の危険」や「エアコンの活用」を説いたのだと思われる。自分の子供たちの助言は全く聞かないものの、見ず知らずの「信用できる(と、母が判断している)有識者」の話は何の疑問もなく信じてしまう(だから頻繁に人に騙されてしまう)。

 

②母の兄弟姉妹や、母自身が「自らと同格以上」と認識している方々からの強い助言や戒めがあったため。逆に言えば、母にとって「同格未満」の私たちがいくら助言しても決して耳を貸さない(笑)。

 

8月も後半を迎えるころとなり、ようやくエアコンを使おうという意思が芽生えたことは大変結構なことですが、母にはもう少し柔軟な対応をお願いしたいところです。エアコンの効いた部屋で涼む母の姿を見るにつけ、これまでの「やせ我慢」は何だったのだろう?突然の「覚醒」はなんで?と大いに混乱する私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!


 

YouTubeのショート動画に気になる内容を見つけました。

沖縄県の予選において、ベスト4のうち3校が「野球専門校」とも呼ぶべき学校だそうです。私自身も少し調べてみたのですが、午前中だけ「授業」があって、午後から夜まで「野球」の練習だけ、というカリキュラムを組む学校もあるようです。実際のところはもっと極端な「野球学校化」しているのではないかと思われます。

 

高校野球の目的が「教育の一環」であるのか、それとも学校の「売名」のためなのか、それによって対応が変わってくるのでしょうが、高校生が取り組むアマチュアスポーツにおいて、後者が肯定されてはならないのは明らかなのです。

 

興南高校の我喜屋優先生は、教え子の「今」だけでなく、「将来」を見据えていらっしゃるのだと思います。言うまでもなく、高校生活は「野球」だけを学ぶ場ではなく、「知恵」と「生きる術」を学ぶべき場であるはずです。そのためには野球のみならず、勉強や学校生活にも真摯に取り組まなければならないのは当然のことです。

未成年によるアマチュアスポーツでありながら、行き過ぎた「商業化」により、完全に「道を誤った」高校野球の未来は、決して明るいものではないと考えるのは、果たして私だけでしょうか?

 

そもそもなぜか「硬式野球」だけが高体連の「管轄外」であり、某新聞社が長年主催している時点で、実におかしなコマーシャリズムが横行する元凶になっているような気がしてならないのです。世の中に真に「公平」な世界などありえないかもしれませんが、それでもテレビ中継やマスコミ報道など「ゼロ」でも構わないので、大多数の高校生たちの「将来」を考えた高校野球であってほしいと、強く願っております。

 

数年前、静岡においても某メジャースポーツの部活動、しかも驚くことに公立高校の部活動において、県のルールを破って独自に「寮」を設置・運営していたことが明るみに出て、大きな問題になったことがありました。上述のようなおかしな風潮は、もはや「野球専門校」に限らず、公立高校にも蔓延しているようです。これらの問題は、学生自身というよりも、「周囲の大人たち」の問題であり、子供の「将来」に対して微塵も責任を負おうとしない、およそ「教育者」とは呼べない学校関係者たちの行状であることを決して忘れてはなりません。

 

事ここに至っては、注目度の高い高校野球は勿論のこと、学生スポーツやアマチュアスポーツ全般の「見直し」が必要なのかもしれません。今夏の沖縄の実情は、私が高校生だったころと比べれば、文字通り「別世界」としか思えないのです。

果たして、これでよいのでしょうか?

 

頑張りましょう!

台風の襲来が予想されているとのことで、急遽三島教室に向かうことにしました。昨日・今日と三島のお祭りが開催されており、例年通り多くの方が訪れると思いますが、ちょっと残念な天気となってしまいました。

 

それでも「関東直撃」は避けられたようで、多少小雨は降るものの、風も比較的穏やかで、何となく「肩透かし」の感が否めないのが実情なのです(笑)。教室中の雨戸を閉めて回るだけでかなりの重労働だったので、少しだけ胸を撫でおろしているところです。

 

せっかく三島教室まで来たので、普段は清掃が行き届かない場所まで掃除することにしました。日頃から塾では「紙ごみ」が非常に多く、一定量溜まった段階で「資源ごみステーション」に廃棄しに行くのですが、掃除をすればするほど「紙ごみ」が山のように出てきます(笑)。午前中から始めていますが、現在午後1時、まだまだ終わりそうにありません。掃除を始めたことに少し後悔している私がいますが(笑)、一度手をつけてしまったことなので、終わらずには帰れません(笑)。

この手の掃除がなかなか進まないのは、書類の整理などの中で、

 

「あら、懐かしい!」

 

というものが次々出てきて、その度に手が止まってしまうからです(笑)。過去の模擬試験の結果や、融資のお願いのために銀行に提出した書類など、様々な「懐かしいもの」が出てきたのですが、中でも忘れ難い「お手紙」を発見して、少し心が暖かくなりました。

 

「この塾が無かったら、我が子はダメだったと思います。」

 

近隣の女子私立中学に合格した彼女は、入塾当時、

 

「これは・・・難しい・・・」

 

と感じざるを得ない子でした。非常に内向的な子で、塾でも学校でもほとんど話をしないのです。学力だって公立の小学校の中でも「真ん中より下」という感じで、指導する側としても、

 

「どこから手をつければいいのか・・・」

 

と思案したものです。当時、私の母が指導を担当したのですが、いい意味で「無遠慮な」指導が功を奏したのか(笑)、徐々に表情豊かになっていきました。

私も入塾当初から、来塾時に、

 

「こんにちは!」

 

と挨拶していたのですが、まるで無視(笑)、そんな状態を3か月続けて、ようやく、

 

「こんにちは・・・」

 

と蚊の鳴くような声で返事をしてくれました(笑)。

彼女の合格はまさに「奇跡」で、合格を知らせてくれた時の彼女の「笑顔」が今も忘れられません。この子、こんな表情ができるんだと。

 

今は一人の立派な「女性」となったであろう彼女の姿を想像しながら、山のような「紙ごみ」と格闘する私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

受験が迫るにつれ、「摩訶不思議な噂」が独り歩きすることが多々あります。

 

「今年はこんな問題が出題される!」などと、何の根拠をもってそのような戯言を「断言」してしまうのか、そしてそんな戯言をなぜ信用してしまうのか、「噂レベル」の話を鵜呑みにして、大事な人生の節目を無駄にしてしまう親子が例年後を絶たないというのが実情です。これは大変悲しい現実だと思います。

 

昨今、県立高校の入試、しかも地域トップの学力を誇ると自他ともに認める高校においても、少々問題があると考えられる選抜方法が実施されており、果たしてそれいいのか?と考えてしまうことが多々あるのです。

「多様性」を認めることは大いに結構ですが、大多数の生徒の「学力レベル」に到底及ばない状況でありながら、スポーツ等に秀でているという理由だけで、学力不足がはっきりしている生徒を安易に入学させてしまう現況は、「誰にとっても不幸である」と考えるのは私だけでしょうか?

入学早々、周囲の子との「学力差」に愕然とし、1年も経たずに学校を去った子もいました。何とか卒業はしたものの、3年間は「追試や補習」の繰り返し、高校生活で得たものは、「ちょっとだけスポーツが上達した」ことのみ、これが「地域トップ校」の果たすべき責任なのかと、疑問に感じてしまうのです。

 

私は職業柄、志望校を目指して日々頑張っている子たちの「努力の過程」を目の当たりにしています。そんな子たちの「頑張り」を、正当に認めて欲しい、せめて他の子と公平な条件で勝負させてほしい、と強く願っているのです。私自身が「教え子たちへの身びいき」をしているのは百も承知ですが(笑)、頑張った子たちへの「不当な評価」はどうしても看過できないのです。「スポーツが上手である」という理由だけで、自分よりも20点も30点も結果が悪い子が合格し、必死に頑張った子が不合格の憂き目にあう現実は、無垢な中学生たちにとっては耐え難い現実だと思います。

 

せめて当事者である高校側は、「最近の生徒の学力レベルの低下が甚だしい」などと暢気なことを言わすに、学力不足を承知で入学してきた子たちの面倒を徹底的に見て、卒業時には一端の「トップ校卒業生」として送り出してあげるように、切に願っております。途中で辞めざるを得なくなったり、極端な学力不足のままトコロテン式に無理矢理「卒業」させるような事態に至った原因は、当該生徒だけにあるのではなく、そのようなデタラメを漫然と継続してきた学校の姿勢そのものにあるのですから。

 

世の中は「理不尽」なことばかりですが、こと受験においてはまさに「理不尽極まる」状況であることは間違いがありません。受験生の皆さんには、それでもこのような現実に雄々しく立ち向かってほしいと強く願うとともに、誰にとっても「公平・公正」な受験制度を確立しなければならないと、強く感じた木曜日の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

昨日は思い切って沼津教室の整理整頓を実施しました。

 

沼津教室はオンライン授業を実施する機会が多く、大きめのモニターを2台設置しているのですが、これを「移動」するのがなかなか大変で、通常授業がある間は手が付けられない状態でした。やや雑然とした状況を「何とかしなければ!」という「気持ち」だけはいつも持っていたのです。とはいえ、この猛暑ですから、授業前に汗だくになってスタミナ切れでは本末転倒ですので、本格的な着手は夏期の休講時まで「先延ばし」していた状況でした。

 

昨日の朝は、「比較的涼しいのかな?」と感じましたが、徐々に気温が上がり、エアコンをつけない状況では、お昼過ぎには室内温度が37度まで上昇、加えて50インチを超える画面は私一人で持ち運ぶのにはあまりに重く、「汗だく」を通り越して「ビショビショ」になってしまいました。この歳になると、「その日の疲れ」だけでなく、翌日以降の「疲れの残り」を考慮しながら作業しないと、後日「大変なこと」になってしまうので(笑)、そのあたりも考慮しながら、決して無理をしないことを念頭に、ゆっくりと作業を進めました。

もともと整理整頓が得意でない私が一人で実施したものですから、まだまだ至らない点があるのは確かですが、それでも普段は掃除が行き届かなかった部分についてもきれいにすることができ、密かに「自己満足」に浸っていた私なのでした(笑)。狭い教室ですが、これで少しだけスペースに余裕が生まれたように感じます。

 

「ON」と「OFF」を明確に分けて生活されている方も多々いらっしゃり、作業効率や精神衛生上の観点から考慮すれば、そのような「メリハリ」をつけることは非常に有効なことなのではないかと思います。一方で、私のように「ON」と「OFF」が曖昧で、「お休み」であれば、「お休みの時しかできないこと」に積極的に絡んでしまう「悲しい性」を持つ方も少なくないのではないかと思います(笑)。もしかしたら、私にとっては「塾の先生」という仕事が、「ON」と「OFF」の間の「曖昧な存在」であるのかもしれません。このような姿勢には賛否両論あるのかもしれませんが、当の私自身は「これでいいんじゃない?」という、これまた曖昧な感覚なのです。だから私は「ダメ」なのかもしれませんね(笑)。

 

本日は2件の振替授業を実施予定、その前にひと通りの整理整頓ができてよかったです。もう少しだけ通常授業の休講期間は続きますが、その間にまだまだ「やることがある」現実に、やや愕然とする私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!