先日、YouTubeをぼーっと見ていたら、以下のショート動画が目に留まりました。
お父さんが愛する娘のためを思って(笑)、「イケメン男性」に、
「うちの娘、どう?」
と声を掛ける動画です。娘さんにとってはこの上ない迷惑なのかもしれませんが(笑)、今から40年ほど前、高校生の頃の私にも全く同じことがありました。
私の在籍した高校では、冬に「長距離走大会」があり、校外のコースを15キロほど走る行事がありました。沿道に役員の保護者がコース管理で駆り出され、たまたま私の父が出てくれていたようなのです。それらの保護者に加え、陸上部所属の生徒たちは、大会に参加せずに運営を手伝うことになっていました。役員である保護者と陸上部員との協力で長距離走大会が運営されていたのです。そのため、陸上部の部員と保護者が話す機会も多かったようなのです。
そして、そこで「父の暴走」が始まったのです(笑)。
当時、母校陸上部の女子は「美人ぞろい」で有名でした。野球部のエースであった私は、一日に10キロも15キロもランニングしていたのですが、そんな長距離のランニングも、必死に走る陸上部の女子の「美しい姿」を間近に見られたからこそ、何とか耐えられたのだと、今でも感謝しているのです(笑)。
そんな「美人ぞろい」の陸上部女子に最初に「声を掛けた」のは、私ではなく、何と父だったのでした(笑)。
「うちの倅、野球部のエースで、勉強だってそこそこできるみたいなんだけど、倅の「彼女」になってくれない?」
父が「目を付けた」数人の美人陸上部員に、次々と声を掛けて回ったそうです(笑)。
後で事の次第を聞いてびっくりというか、顔から火が出るような恥ずかしさでいっぱいだったのですが、なぜか父への怒りの感情は微塵もなく、とにかく家族で笑ってしまいました。本当に恥ずかしかったけど(笑)。
きっと父も「彼女がいない」倅を不憫に思っての「止むに止まれぬ」行動だったのでしょう、実に迷惑だったけど(笑)。あれから長い年月が過ぎ、私の倅が「彼女」を自宅に連れてくるようになって、ようやく当時の父の気持ちが少しだけ理解できたような気がしています。
「暴走」した父がこの世を去って40年、いつのまにか父が亡くなった時の年齢を超えてしまいましたが、倅にとって「暴走するお父さん」だけにはならないように、倅たちの「彼女」については極力「無関心」を貫こうと決意した私なのでした。
頑張りましょう!

