勉強に限らず、スポーツなどにおいても「指導者」が注意しなければいけないことがあります。
私自身も常々気をつけているのですが、熱心に指導するのはよいとしても、「教え過ぎ」は逆効果なのです。講師ばかりが熱心に指導していると「錯覚」し、実のところ生徒の反応は全く「気にしない」ため、授業の「充実感」は専ら「講師」の方だけが感じてしまうという、言わば「勘違い指導」です(笑)。私はこのような指導を「教え込み」と呼びます。
私たち「塾教師」は学習の「理解」を進め、テストにおいて1点でも多く得点することを目的に「請け負われている」ことを忘れてはなりません。さらに言えば、「勉強」の必要性を生徒に理解させ、自ら机に向かう子を育てるべく指導するのが「究極の目標」なのです。
自らの「知識」をひけらかすが如く、生徒自身の反応も見ないまま、ただただ自分の授業に「酔っている」様子は、少なくとも「個別指導」においては禁忌であることは言うまでもないのです。
この手の「自己陶酔型の授業」を平気で行う講師は、過剰なまでに自信満々で、その点がまた厄介なのです(笑)。自身の指導が「間違っている」どころか、「素晴らしい授業だ!」と壮大に誤解しているので(笑)、他人の助言など聞く耳を持っておらず、「実にまずい授業」を延々と続けていくことになります。このような「制御不能な自己陶酔型講師」を早期に「排除」していくのも、悲しいかな私の重要な「役目」となっているのです(笑)。
プロ野球などの世界において、「名選手必ずしも名監督にあらず」などと言われているようですが、塾の講師においても同じようなことが言えるのかもしれません。
「なんでこんな問題ができないの?信じられない!」
と嘆くだけでは「先生」は務まりません。なぜ「出来ない」のか?学習環境はどうなのか?家庭環境は良好なのか?学校でいじめられてはいないだろうか?等々、様々な側面から掘り下げていくのが「プロ」であり、通り一遍等の学習指導を自分だけが「気持ちよく」こなすだけでは、到底生徒や保護者様からの負託にお応えしているとは言い難いのです。
特に当塾のような「マンツーマン個別指導塾」には様々な「事情」を抱えた親子が「最後の最後」に困り果てて来訪されることが多いのです。そんな親子に「誠実に向き合う」ことが、一講師の独善的な「自己陶酔型授業」であるはずがないのです。
「どうしたらこの子が勉強に向き合えるようになるのだろうか?」
常に「アンテナ」を張って塾生たちの動向を注視し、ひとりひとりに合った対応を模索し続けることこそ、私どもに求められる「使命」だと心得ているところです。
頑張りましょう!

