何かの儀式?。 | エフォートアカデミー塾長日記

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静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
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オリンピックとコロナウイルス感染拡大ですっかり忘れていましたが、明日から夏の甲子園が開催されるようですね。昨年度が中止だったこともあってか、今年は開会式も全出場校が通常通り入場行進をする形式を変更しないそうです。何事もないことをただただ祈っております。

 

私自身が元高校球児でありながら、今ではほとんどリアルタイムで高校野球を見ることはなくなりましたが、YOUTUBEにて今夏の出場校のまとめがあったので、何の気なく見ていました。その中で、ちょっと気になることがありました。

 

ほとんど(というか、1校を除いたほぼ全て)の高校が、甲子園出場を決めた瞬間、選手がマウンドに集まってなぜか人差し指を天に向けています。激戦を勝ち抜いてきたのですから、嬉しいのはよくわかります。けれども、なぜ揃いも揃って同じポーズなのでしょう?これは何かの「儀式」なのでしょうか?この「儀式」がいつから始まったのか、どのような理由で始まったのか、ご存知の方がいらっしゃればぜひ教えて頂ければと思います。少なくとも、私が高校生であった35年ほど前には、このような光景は見られませんでした。

 

優勝したチームは非常に立派だと思います。日々の厳しい練習に耐え、努力を重ねた結果が実を結んだことは本当に素晴らしいと思います。一方で、敗れ去ったチームの皆さんにも、大いに胸を張って頂きたいと心から感じています。「結果」は時に残酷ですが、積み重ねてきた努力は決して無駄にはなりません。

そういう意味では、優勝したチームと敗れたチームには「甲子園出場」という「ご褒美」以外の差など、あろうはずもないというのが私の考えです。にもかかわらず、片やマウンドで天に指差し歓喜の輪を作り、一方で夢破れ、泣き崩れる高校生たちのコントラストは、私には少々残酷に過ぎるような気がしてなりません。

「武士の情け」とよく言いますが、ほんの少しだけ力が及ばなかったライバルに、敬意を表する姿勢があってもよいのでは?と感じてしまうのは、きっと私が昭和生まれのおっさんだからかもしれません(笑)。

 

我が国のひとつの美徳として、「礼に始まり、礼に終わる」という価値観があります。試合終了の「整列」までは、爆発させたい勝利の喜びを、崩れ落ちそうな敗北の悔しさを、まずはぐっと堪えて対戦相手を称えるスポーツマンシップこそが、まさに「スポーツの醍醐味」だと感じてしまうのは私だけでしょうか?

 

上掲の動画の中で、たった1校、優勝決定後も派手な喜び方をせず、すぐに「整列」に向かった高校がありました。全く縁もゆかりもないのですが、今夏は沖縄尚学高校を心の中で応援することに決めた私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!