【桓武平氏】
50代桓武天皇の子・葛原親王、万多親王、仲野親王及び賀陽親王の子孫。
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『葛原親王流』
第三皇子葛原親王の流れ。

~高棟王流~
葛原親王長男の高棟王子孫。高棟王は天長2年(825年)に賜姓を受けて平高棟となった。
この流れは公家として京に残り、平安時代末期に平清盛の正室平時子(二位尼)と、その弟で清盛の威勢によって正二位権大納言にのぼった平時忠、異母妹の建春門院平滋子が出た。時忠は壇ノ浦の戦いの後、能登に流され没落したが、時忠の弟親宗の子孫(唐橋家)や叔父信範の子孫(西洞院家・安居院家・烏丸家)は鎌倉時代以降も公家として続いた。歴史物語の今鏡に、「日記の家」と紹介されているように平記・兵範記をはじめ多くの古記録を残す。江戸時代には西洞院家・平松家・長谷家・交野家・石井家という5家の堂上家を出した。
なお、時忠の子時国の子孫を称する家が能登半島で豪農(上時国家、下時国家)となり、現在も続いている。

~善棟王流~
葛原親王二男の善棟王子孫。善棟王は天長2年(825年)高棟王とともに賜姓を受けて平善棟となった。
兄弟の高棟、高見王らとは異なり、記録に残る子孫はいない。

~高望王流~
葛原親王三男の高見王の子・高望王子孫。高望王が賜姓を受けて平高望となったのに始まる。
但し、高見王の名は同時代の史料に名前が見えないので系譜には疑問も残る。寛平元年(889年)に皇族5名が平朝臣を賜姓されたとの記録があるので、高望王はそのうちの一人と推定されている。
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