明治3年、(1870年)、日田県知事松方正義より福岡藩が太政官札を偽造してそれが日田県内に流通しているとする告発が挙げられる。その後の明治政府の調査の結果、松方の告発が事実で福岡藩首脳部も関与していた事実が判明した。このため明治4年7月2日(1871年8月17日)、12代・黒田長知は知藩事を解任され、後任の知藩事には有栖川宮熾仁親王が就任した。熾仁親王の福岡藩支配は廃藩置県までの12日間に過ぎなかったが、知藩事の世襲が認められなかったことは江戸時代の改易に匹敵する重い処分であった。その後、廃藩置県により福岡県となった。
明治17年(1884年)黒田家は侯爵となり華族に列した。
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