日本では、江戸期迄は上流社会において男子の跡取を生むという名目の元で側室制度があった。

 『室』というのは妻女を指し、正室は1人、側室は複数人で、跡取となる息子は彼女らの内の誰かが生母となるのである。

 男子の跡取を生むとその生母は地位が上がってゆく。江戸城のそれは大奥といわれた。

 また天皇や武士に限らず、富裕商人が『妾』を持つ例は少なくなかった。

 近代的な民法の施行により一夫多妻制は制度的にはなくなったが、近代以降も、地位ある男性が妻と別に愛人をもつ風潮は広くみられた。