


もう1回は、東京-下関間の「あさかぜ」。
したがって、運転区間から厳密には九州ブルトレではないのですが、「あさかぜ」ということで…
下関「あさかぜ」に乗ったのは、1998年11月1日。
この時、私は鉄道ファンをやめようかと思いたくなるほどの大失態をしでかしました。
広島へ出張に行き、仕事が終わって時間が余った。
呉線を乗りつぶし、三原へ出てそれから広島へ戻り、時間をつぶして夜「あさかぜ」で帰ろうと思いました。
三原まで来た。ここまで何もかも順調に来ている。
でも、何となく「いや、油断するな…」という思いがまとわりついて離れなかったのです。
今思えば、このあとの「悲劇」を暗示していたのでしょう。
EF210の高速貨物が来るのが見えた。これを撮ろうと思った。撮った。
次の瞬間、振り向くときっぷが舞っていた。
その日の夜乗車する「あさかぜ」の寝台券を、貨物列車が通過する風圧で吹き飛ばされてしまったのです。
一瞬頭が真っ白になった。
駅員さんに訳を話して捜索してもらいましたが、見つかりませんでした。
駅員さんの「お金と一緒やからね…」の一言は、苦い記憶として今も耳から離れません。
寝台券は、買い直すしかなくなりました。
乗車券が飛ばされなかったのは幸いだった。乗車券まで飛ばされていたら、余分な出費どころか損害でした。
寝台券を改めて買うハメになり、私は心の中で「シングルDXに乗ったと思えばいいじゃないか」と自分を慰めました。
「あさかぜ」は13両だったにも関わらず、見事にガラガラでした。
広島を「あさかぜ」より約20分早く出る500系「のぞみ」に乗れば、その日のうちに帰れるのです。
さすがの自分も、「俺は何をしているのだろう」とよくない思いが広がってきました。
この時点で、東京発のブルトレは長くないのではないか…と思わざるを得ませんでした。
高速長大貨物列車が通過する時の風圧は、列車全体の重量のせいか、想像以上に激しいものです。
どうか皆さまもお気をつけ下さい!
画像1 11レ 「あさかぜ」3号 EF66 40[関]+24系7B[広セキ] 1992.5.5 下関
画像2 同 今はタイに売られたシングルDXとラウンジカー
画像3 1998年11月1日乗車の「あさかぜ」紛失再発行寝台券