我が国の主力ディーゼル機関車DD51は、1100馬力の大型機関を2基搭載していたため、<br>
外見は1台の凸型機関車だが、実際は2台の機関車を背中合わせに重連にしたもので、<br>
機関の整備などは2台分必要で不便だった。<br>
そのため、かつて独逸の技術を取り入れた大出力1機関のDD54を作ったが、<br>
無念なことに当時の我が国の工業水準が独逸に劣ったため失敗してしまった。<br>
一方、入れ替え及びローカル線には、DD51のエンジンを1基搭載したDE10が成功を収めていた。<br>
もともとDD51のエンジンは小型入れ替え用のDD13で確立したエンジンの気筒数を増やして強化した<br>
ものなので、DE10のエンジン(この時点ですでに過給機の取り付けにより135馬力に強化済)を<br>
2000馬力に強化すれば、1基機関でDD51と同じ性能になるはずだと理屈の上では成り立つので、<br>
実際に作ったのがこのDE50だ。この機関車が作られたころには、旅客列車が減少していたため、貨物専用として<br>
設計されたので、ボイラーがなく、その分軽量化できた。<br>
純国産の確立した技術に基づいて造られたので大成功を収めたが、試運転中に中央西線が電化されてしまい、<br>
伯備線に移るも、そこも電化されてしまったうえ、DD51がたくさん余っており、DD51でも十分なので、試作機ではなく<br>
量産1号機のつもりで作ったのに、たった1両しか作られず、故障した後岡山に放置され、廃車されてしまった。<br>
しかし解体はされず、津山の扇型機関庫に移り大切に保管されている。<br>
模型はDD51とDE10を2台組み合わせて作ったが、工作精度の悪さからモーターは回転するものの台車に動力が伝わらず、<br>
その場で振動するだけの欠陥機関車になってしまい、むしろDD54のようになってしまった。<br>
しかし今後試行錯誤を重ね、必ず堂々と走らせて見せる!</font>
外見は1台の凸型機関車だが、実際は2台の機関車を背中合わせに重連にしたもので、<br>
機関の整備などは2台分必要で不便だった。<br>
そのため、かつて独逸の技術を取り入れた大出力1機関のDD54を作ったが、<br>
無念なことに当時の我が国の工業水準が独逸に劣ったため失敗してしまった。<br>
一方、入れ替え及びローカル線には、DD51のエンジンを1基搭載したDE10が成功を収めていた。<br>
もともとDD51のエンジンは小型入れ替え用のDD13で確立したエンジンの気筒数を増やして強化した<br>
ものなので、DE10のエンジン(この時点ですでに過給機の取り付けにより135馬力に強化済)を<br>
2000馬力に強化すれば、1基機関でDD51と同じ性能になるはずだと理屈の上では成り立つので、<br>
実際に作ったのがこのDE50だ。この機関車が作られたころには、旅客列車が減少していたため、貨物専用として<br>
設計されたので、ボイラーがなく、その分軽量化できた。<br>
純国産の確立した技術に基づいて造られたので大成功を収めたが、試運転中に中央西線が電化されてしまい、<br>
伯備線に移るも、そこも電化されてしまったうえ、DD51がたくさん余っており、DD51でも十分なので、試作機ではなく<br>
量産1号機のつもりで作ったのに、たった1両しか作られず、故障した後岡山に放置され、廃車されてしまった。<br>
しかし解体はされず、津山の扇型機関庫に移り大切に保管されている。<br>
模型はDD51とDE10を2台組み合わせて作ったが、工作精度の悪さからモーターは回転するものの台車に動力が伝わらず、<br>
その場で振動するだけの欠陥機関車になってしまい、むしろDD54のようになってしまった。<br>
しかし今後試行錯誤を重ね、必ず堂々と走らせて見せる!</font>




