恨みひつまぶしの巻


 新旭町旭には高島市役所があります。歩いている西近江街道はその前を通っています。

 通り過ぎようとして、トイレには行ける時に行っておく、の原則を思い出し立ち寄った。用を済ませて出たところで、書類を抱えた職員のお嬢さんにでくわし、思わず声を掛けた。

 観光マップを欲しいのですが、観光課はどこですか、と。別にどうしてもマップが欲しかったわけではなく、ただ喋りたかったに過ぎない。この日は誰とも口をきいていなかったので。もちろん丁寧に案内していただけました。

 その時もらった資料をよく読んでおけばよかったのだが、針江生水の郷や川島酒造、さらに2軒もの蔵元が行ける範囲内にあったのだ。水が良いので必ず美酒にありつけたはず。

 再訪せねばなるまい。



 饗庭神社を過ぎ、国道161号線の高架下をくぐり、ホリソンという会社の工場横から角野浜湖岸公園に出た。

 湖北の山々は冠雪している。野鳥が多いのだろう。観察小屋が設置されている。


 野鳥観察が好きな人はこの中にこもって鳥を待つのだろう。琵琶湖は禁猟区のはずだから、野鳥も警戒心が少ないだろうに。



 湖上にえり漁の仕掛けを見た。魚偏に入と書いてえり。はってある網に沿って魚がつぼと呼ばれる袋状の網に入るしかけで、字の通りの漁法だ。

 定置網の一種だが、この時期は氷魚と呼ばれる小鮎のチビを獲っているのかな。




 11時15分 高島市新旭水鳥観察センターに到着。先ほどの観察小屋と違い、暖房の効いた綺麗な室内から備えつけの望遠鏡で見放題です。遠く加賀白山まで望めるとのこと。入館料200円。



 白山とおぼしき山を望遠にして撮ってみたけれど、違うかも。

 11時半 木津港跡に到着。



 常夜灯が港の在りし日を偲ばせますが、この常夜灯いかにも新しい。被写体としては良いのだけれど。

 木津はこずと読むようです。古津とも書かれていますが古い津という意味ではありません。平城宮出土木簡に「高島木津」とありますから、奈良時代には存在していた地名です。

 江戸時代には、若狭からの物資の積み出し港であり、若狭小浜藩の蔵屋敷があったところです。



 また、巡礼客を竹生島へ渡す船もこの港から出ていました。船賃が払えない巡礼者はこの地から遥拝したということです。

 竹生島は目の前に見えているのに、さぞかし残念だったことでしょう。



 

 二つ石大明神遥拝所。鳥居の後ろに石が二つ置かれています。二つ石と呼ばれ、毎年7月28日に雨乞の神事が行われるとのこと。この石はお前立のようなもので本物の石は100m先の湖中にあり、渇水時でないと現れないそうです。

 


 

 今津に入る。今日こそは昼食を逃してはならじ。今津には美味い鰻屋があると聞いている。

 迷わずに西友(にしとも)本店に向かう。

 迷ったのはメニュー。私の好みはもちろん蒲焼(白焼きを含む)である。一歩譲って鰻重、100歩譲って鰻丼までだ。焼いた、または蒸した鰻の一切れを口に放り込み、噛み締めたときにじわぁと溢れ出てくる滋味こそ極楽の一丁目。

 がしかし、悪魔が囁いた。ひつまぶし美味いですよね。元来、ひつまぶしなどは邪道と信じて止まない。せっかくの鰻さまを切り刻むなどもってのほかだよ。

 だのに何故か囁き声が耳元で大きく響いてくる。鰻重、と言ったつもりが出されてきたのはひつまぶし。我が目を疑ったが、いまさら取り変えて、とは言えない。

 きっと口が勝手にむにゅむにゅまぶし、とか口走ったに違いない。言った以上は男の一言、武士に二言はないのである。

 仕方がない、泣く泣く切り刻まれ変わり果てた鰻の切れっぱしを茶漬けで食した。決して不味くはない、美味には違いない。が、ご飯にまぶしてかき込むなど邪道であろう。

 せめて微塵切りでなかったのが救い。これが鰻重だったらと思うと悔いが残る。必ずリベンジしてやるんだ。

 食い意地がばれてしまった。

(つづく)