西友を裏に回ると辻川通りの商店街。本来はこちらが表通りだろう。ほとんどが閉まっていてひっそりとしていたが、今津でただ一軒の蔵元、池本酒造は開いていた。

 おかみさんが、試飲をどうぞどうぞと勧めるものだから、ついついお代わりしてしまった。まぁ私の好みからすると少し甘いかな。彦根の金亀クラス、普通に美味い。親切にほだされ2本買ってしまった。




 辻川通り、別名をヴォーリス通りというそうな。いうまでもなく、英語教師として招かれ、宣教師として活動し、建築家としても業績を残したウィリアム・メリル・ヴォーリスにちなんでいることは、聞かずともわかる。

 でも、なぜ今津にと思いながら通りを歩くと、ありました。ヴォーリス設計の建物が3棟。


旧今津郵便局

 今津教会会堂

 旧百三十三銀行今津支店


 いかにもヴォーリスらしい建物ですが、周囲の景観からは浮いているように私には思えました。

 たった3棟あるだけで、ヴォーリス通りとは大きく出たものだ。というより、名声に便乗して町おこしに役立てようという下心が透けて見える。さもしい根性と評するほかない。

 ひつまぶしのせいで今日は機嫌が悪いのである。

旧百三十三銀行今津支店は現在ヴォーリス資料館として活用されているが、その斜め前の手入れの行き届いたベンガラ格子の商家に惹きつけられた。



 思わず見惚れていると、ご主人とおぼしき方が出てこられた。素晴らしいお宅ですね、ご主人ですか、と声を掛けると、いやいやと謙遜される。さぞかし由緒がおありなのでしょうね。

 私で3代目で、祖母が(運送業の)株を買ってもらって運送業を始めた。街道を荷車で大津まで運んでいた。それは賑やかだった。などなど話してくれた。

 今津は伝統ある町なのだから、こういう建物を中心に街並みを整備すれば良いのにと思う。

 ヴォーリス通りとT字交差している湖周道路を風車街道というらしい。リゾート地に風車を建ててそれにちなんで名づけたと推測するが、とってつけた感は否めない。センスと教養をあわせ持ったコーディネーターが必要なのではなかろうか。


湖岸の旧街道の街並み。伝説の里ふじとで風車街道を分岐し、今津港、丁子屋旅館、から石田川河岸まで続く街並みで、歩いていてとても安らぐ。せめて外部からの車くらいは通行禁止にできないものか。

 今津は金沢藩の飛び地でした。文禄4年(1595)前田利家が秀吉に今津、弘川両村を与えられたことが始まりです。

 今津の支配は、代々今津氏が務め、今津氏の屋敷内に金沢藩蔵屋敷が置かれ、加賀100万石の蔵米は今津港から、大津を経て大坂へ運ばれました。

 その蔵屋敷は現在のヴォーリス資料館の地にあったそうです。

 

 湖岸沿いに、今津浜、桂浜、今津百瀬川園地と進むにつれ、竹生島もぐんぐん大きく見えてきます。




 いよいよ奥琵琶湖の海津大崎が姿を現してきました。


 マキノサニービーチから左りに曲がると今日の目的地マキノ駅に到着です。15時25分。

 歩行距離19.2kmでした。