絵 石田ひろこ
~忠告~
想い出だけで
強く
生きてゆける貴方に
教えてあげねばなりません
遠く離れた
木々の向こうに垣間見る
優しい人を追いかけて
仄かに燃ゆる
木漏れ日に舞う
はしゃぎ声をかき集め
温めるのは
た易いでしょう
けれど
もう二度と
あの懐かしい
深き森には
帰れないのだと
たとえば
蜃気楼のように
はかなげな
手に触れはしない
森なのだと
詩とメルヘン1996年6月号掲載 絵 石田ひろこ
愛読書だった『詩とメルヘン』、
創刊から30年の幕引きまで
サブカルチャー的な存在だったから
NHK朝ドラ『あんぱん』で
広く知られるようになり嬉しいです
詩とメルヘン創刊の1973年5月、私は中学1年生
ちょうどノートに詩のようなものを書き出した頃で
クラスメイトに読んでもらうのが楽しみでした
思えば この頃の詩は純粋で
いちばん『詩とメルヘン』に近いものだったかも
当時、書店では詩とメルヘンを見かけることもなく
その存在を知らないまま
たった二人しかいない文芸部に身を置きました
年に一度発行の文集で17編の詩を載せ
自分の詩が活字になる喜びに
すっかり嵌ってしまったんです
その後、ニューミュージック系の
恋の詩ばかり詠んで
アイドル雑誌『明星』のポエム欄や
女性誌の千家和也氏の作詞教室に
幾度か掲載された時期がありました
けれど熱が冷めたのか
ナショナル主催の愛の詩コンテストでの
入賞を最後に 就職してからは
投稿から遠ざかってゆきました
そういえば 思い直して
80年代前半に秋元康の作詞通信講座
(教材と郵送添削)の受講もしたけれど
洋食コースのテーブルセッティングの写真から
イメージした課題に
レストランでデート中の恋人同士
真っ白なお皿の人生のステージを
ナイフとフォークの(セットのように)寄り添いながら
日々を味わい生きてゆこうねという
趣旨の詩を提出したら
秋元氏ではないスタッフの添削で
『人生という大きなものの例えを皿に持ってきて
恋人同士をナイフとフォークだなんて笑っちゃいます』と
酷評された赤ペンにショックを受け
途中で辞めたことも![]()
それでも たまに書き留めていた詩も
結婚と同時に始まった転勤人生(16年で9回の引っ越し!)と
ワンオペ育児、相次ぐ両親の他界で心の余裕もなく
いつしか全く詠まなくなっていました
それが七度目の引っ越し先の名古屋の書店で
『詩とメルヘン』を見つけた時には
運命のソウルメイトに出逢ったような震える思いで
花束を抱えるように大事に抱きしめて帰ったのを
覚えています
なんと
創刊から22年も経てからの出逢いでした
そして抒情的な絵と心に触れる詩に癒されるうちに
もう一度、詩を始めてみたくなり
翌1996年より投稿を開始
募集は絵を付けてもらえる自由詩、
テーマの1枚の絵からイメージした詩のおりたたみ画廊、
方言詩、メルヘンで
絵画部門では毎月イラストコンクールが開催されていました
月に2、3編応募するも
ひと月に2万通の応募があるとのこと、
毎月、没に泣きながら半年後、
ようやく おりたたみ画廊に採用となったのが
冒頭の詩、『忠告』でした
(4行目の言い回しを若干、修正済)
入選の8作品からは人の持つ根源的な寂しさが
詠われているものが多く
入選発表の際に付け加えられた2枚目の絵と
リンクしていました
私は絵からのイメージでの創作でしたが
改めて読み直すと
その数年前に亡くなった母への喪失感や
昔、詠んだ詩のささやかな栄光
過去に すがらずに
今を頑張ろうという自分自身への
メッセージだった気がします
さて この6月号に軽井沢ペイネ美術館開館10周年記念
特別企画として
『あなたのセーター、袖付きにする。それとも袖なし?』
というペイネの絵に付ける詩が募られていました
俄然、ハートに火が付き出して・・・
To be continued...
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