東京都板橋区高島平の地名の由来になった江戸時代末期の西洋砲術家だ。私の高校時代に高島平に高層住宅が建てられていて「自殺の名所」と呼ばれていた。幕末に洋学者の高島 秋帆(しゅうはん)が西洋流の大砲の発射演習を行ったことを高校の日本史の授業で習った。高島は幕府方の人だったのだが、大砲については官軍の方が優秀だった。幕末の内戦で官軍は前田藩邸(現在の東大赤門近く)からコピー製造したアームストロング砲で不忍池を越えて上野寛永寺に立てこもった彰義隊を砲撃したそうだ。彰義隊は全滅したと伝えられている。幕府側が大砲で官軍にダメージを与えたという記録を読んだことは無い。