小学校の途中で転校した。登校初日に給食を受取る列で、食パン2枚のところを、正常な厚さのパン1枚と、末端で切るのを失敗した耳だけの非常に薄いパン1枚を入れられた。私の家は食べ物に困っていなかったし、カロリー過多を避けたいと思っていたので私は何とも思わなかった。給食は残すべきでないと思っていたから、出された給食は全て食べてきた。
相当後(40年位)になって、あれはいじめだったと気付いた。当時は「いじめ」という言葉はマスコミも報道していなかった。でも、私はいじめに強かったと思う。冬の雪の積もった校庭で、同級生の顔を雪面に押さえ付けて「参った」と言わせた。下校途中で、同級生の顔を殴ったこともあった。
1学年9クラスの大規模校で学年トップに躍り出た転校生をいじめるとは笑わせる。反撃されて当然だ。こう書くと私がいじめっ子だったと誤解されそうだが、決してそういうことは無い。正当防衛だったと断言できる。私は常に正義の味方だった。
私に食パンを配ったのは可愛い女の子だった。当時はいじめだったと認識していなかったので、報復はやっていない。それで良かったと思う。