生活するだけなら | muaiのブログ

muaiのブログ

ブログの説明を入力します。

1990年代後半の日経新聞のコラム記事を覚えている。単に生活するだけなら生活保護の支給額で十分過ぎる、と書いてあった。当時はその通りだったと思った。貧困は相対的なものだ。周囲の人たちが携帯電話を使っているのに、携帯電話を持てなけれ「貧困」ということになる。

 

子供の塾通いも同様だ。子供を塾に通わせることができない家庭を貧困呼ばわりしている。私は塾に通った経験は無い。中学時代に母親から「塾へ行かなくて良いのか?」と言われた時に、呆れた。学年トップが定位置だった私が、塾へ通うのはお金と時間の無駄だ。今でも、母が塾の必要性を感じた理由が判らない。聴いてみたいと思っているが、記憶が残っているのか甚だ疑問ではある。

 

今は、食品を購入するのに困難を感じている人たちが多いと報道されている。本当にそうなのであれば、大変なことだ。しかし、携帯電話に毎月28,000円を払っている「生活困窮者」がいることに違和感がある。