NHKのEテレの番組の予告編を視ていたら、内申点を上げる方法の一つに「ノートの取り方」と言っていた。こんなことが教育現場で通用しているのかと思って呆れた。
私が尊敬しているカリスマ講師は著書で「綺麗なノートを作成するのは『作業』であって勉強では無い」と言い切っていた。学校の先生が「たいへん良くできました」とか「良くできました」というゴム印をノートに押すからいけない、とも言っている。
私はノートを雑記帳と心得ていて、必要最小限かつ自分が読めさえすれば良いというスタンスで使ってきた。大変な悪筆だから、丁寧に書いても他人が読めなかった可能性はある。
ノートは手段であり、完成品では無いのだ。綺麗なノートを作って満足するのは愚かだと思う。