綺麗なノートを作ることと勉強することは違う | muaiのブログ

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あるカリスマ講師が書いた勉強についての本を読んだ。次男が買ったものだが、目を通したら面白そうだったので読破した。

 

「カリスマ講師」に対して持ってきた偏見を捨てた。非常に良いことが多く書いてあった。

 

綺麗なノートを作ることは「作業」に過ぎなくて「勉強」では無い、と言い切っていた。同感だ。私自身は「悪筆」だったこともあって、ノートには必要最小限しか書かなかった。綺麗なノートを作ることを勉強だと誤解している人は教える側にもいる。ノートに覚えさせて頭に入れないのだから、典型的な「先送り」だ。そんな作業に時間を掛けずに、その場で頭に入れるべきなのだ。

 

書き写すことの意味はある。我が国では古くから「写本」という学習方法が存在した。私は今でも英語の写本(dictation)を実行している。でも、これは綺麗なノートを作るのとは次元の違う話だ。

 

ノートPCのパンフレットを読んでいて呆れた。黒板を写真撮影してアプリで整形して、更にテキストデータ化して綺麗に記録できる、と書いてあった。メーカーの人達は製品が売れれば良いのだ。学生たちが誤った勉強方法をやろうと知ったことではないのだ。馬鹿な学生達が、写真撮影が勉強だと誤解することを怖れる。