埼玉県南部の鉄道事情中学生時代の旧国鉄の事情を記憶している。 上野・大宮間が完全に3複線になった。これにより、京浜東北線、東北線と高崎線の普通列車、東北線と高崎線の特急列車と急行列車と貨物列車、という棲み分けができて、輸送力が向上した。 当時の川越線(現在の埼京線の一部)は電化されていなかった。ディーゼルカーが走っていた。 秩父セメントの工場で製造されたセメントは、蒸気機関車が牽引する貨物列車で東京都内へ運ばれていた。この蒸気機関車を駅のホームで見ると、胸が高鳴った。