1973年3月に国鉄(当時)高崎線上尾駅で発生した暴動事件だ。
当時の高崎線の通勤列車は猛烈に混雑していた。国鉄の労働組合は法律でストライキを行うことを禁じられていた。その代わりに「遵法闘争」という戦術を行使していた。「運転安全規範」などの規則を厳格に運用することによって、列車の運行を遅らせる戦術だった。
上尾駅で上り電車に乗車できなかった客が多数発生した。のみならず、大宮駅での運転打ち切りという車内放送があった。
暴徒化した旅客が列車を壊したり、駅長室へなだれ込んだ。
埼玉県警は機動隊を派遣して沈静化に務めた。
この暴動事件は計画的なものではなく、偶発的に発生したとされている。
この事件がきっかけになって、高崎線と東北本線の普通列車のグリーン車が廃止された。超満員の普通車とガラガラのグリーン車の対比が、事件発生の原因の一つだったとの判断による。
グリーン車の復活まで、 25年近く要した。