イギリスが開発したアームストロング砲という大砲を、佐賀藩がコピーして戊辰戦争に使ったと言われている。
元込め式で砲身内部にライフリングが施されていて、射程が長く命中率が高かったそうだ。
司馬遼太郎の「アームストロング砲」によると、上野寛永寺に立てこもった彰義隊を、前田藩邸(現在の東大赤門付近)から砲撃して全滅させたそうだ。
戦争中の金属類回収により、佐賀藩が作ったアームストロング砲は残っていない。
アームストロング砲と比較すると、旧式の大砲の性能は悪かった。会津藩が新撰組の応援に提供した大砲の射程は100mしかなかったそうだ。その大砲を新撰組が函館へ持ち込んだ。五稜郭公園に展示されていた。