今のPCがパソコンと呼ばれる前の1970年台にはマイコン(マイクロコンピューター)と呼ばれていた。当時は、アマチュア主体の限られた世界であったので、ソフトは基本的に無料だった。ソフトを販売して利益を出そうとして成功したのは、ビル・ゲイツが創業したマイクロ・ソフトだ。
1980年台に入って、PCが普及し出した。メーカーや機種によって使用言語が異なっていて、互換性は無かった。ソフトウェアメーカーは機種別のソフトを販売していた。オペレーティング・システムという基本ソフトでは、マイクロ・ソフトは「MS-DOS」を開発した。IBMにOEM供給されて、IBMは「PC-DOS」という名称を付けていた。ヴェンチャー企業だったマイクロ・ソフトの製品が、世に出るきっかけの一つだった。
ビル・ゲイツは後になって、「IBMの気が変わっていたら、マイクロ・ソフトは潰れていただろう。」と述懐している。
これは事実だと思う。1990年台の半ばになっても、PCのオペレーティング・システムはMS-DOSとCP/Mが拮抗していた。どちらが市場を押さえるか不明だった。「群雄割拠」状態だったPC市場を「IBM互換機」が「天下統一」を成し遂げた。これによりPCソフトの言語は統一された。IBM側に付いたマイクロ・ソフトの勝利となった。その後、IBMがPC市場から撤退したのは皮肉としか言いようがない。
その後もマイクロ・ソフトや他のソフトウェアメーカーは苦労した。PCメーカーに低価格でソフトを提供することを続けた。Windows95が発売になった後も、予め多数のソフトがインストールされたPCが多く売られていた。一説によると、PC一台当り、ソフト一つで10円単位だったらしい。市場を押さえるための戦略だったのだと思う。
市場標準のソフトが決まってきた後は、ソフトの価格は高くなった。PC本体の価格が廉価になったのと比べると、必要なソフトを買い揃えると、PC本体より高価になる。