無料化の評価
維新が働きかけて、まんまと勝ち取った感のある高校無償化。
私ね。大阪でやったから、全国でうまくいくかどうか、不安があるのやね。
もともと、このお話って、少子化対策を発展させて、子育て支援策を考えるのに、それなら、高校を無償化してはどうかという、アイデアから出て来たと思っているのやね。
ただ、この問題って、実は、中学校までの義務教育を、高校にまで引き上げる意味を持つのやね。
もちろん、高校へ行かない生徒さんの権利はあるのやろうけど、同調圧力の強い日本で、今時、中卒は、逆に勇気が要る。
親の負担が無ければ、みんな、高校に行くだろう。その負担を軽くするために、税金を使おう。
これが、高校無償化の肝の部分やと思うのやね。
まぁ、日本の税金でやるのだから、外国人の学校はダメだとか、いろいろな問題もあるけどね。
私ね。この全部一緒って発想が、極めて社会主義的に見えて仕方がないのやね。
本来、勉強も、一種の競争社会のはずなんやね。
ところが、一律が過ぎると、この競争原理が薄まるのやね。
日本の教育や学力が高いのは、極めて競争が好きな国民性もあると思うのやね。
この良し悪しは別にしても、競争が薄まることで、日本人の学力ランキングみたいなものは、確実に下がるという懸念があるのやね。
人しか資源の無い日本で、切磋琢磨をしない社会が教育分野まで広まってしまうと、日本人という人種の、劣化が進むように思って怖いのやね。
ただでさえ、働き方改革なんて、生ぬるい政策を導入し、頑張らない社会に替えてきてしまった日本は、経済成長が落ち込み、30年間、GDPや年間所得が上がらない国になってしもた。
高校ぐらい、親の甲斐性で、子供の教育をやって、頑張った人が良い大学や良い職業に就ける線まで、ずらしてしまって、本当に日本、大丈夫なのかって、思うのやね。
頑張らない、怠け者で、努力しない日本に、明るい未来は、訪れないのやないのかって、思うのやね。
「悪平等」って嫌な言葉が、頭に浮かぶのは、私だけやないのやないかな。