分断の先に
米国国務省が、中国の呼称を変更すると発表した。
中国の正式な呼び方は、中華人民共和国(P.R.C.)だけど、今後は、CHINA(中国)あるいは、中国共産党と呼ぶというのやね。
これって、米国の批判の対象になっているのは、中国の国民ではなく、あくまで、中国共産党であると、定義づけたのやね。
つまり、この国を、一党独裁で支配し続けているという、中国共産党が、我々と敵対する存在であると、言いたいのやろうね。
中国にとって、中国共産党の一党独裁体制の維持というのが、この国の、一番大切なもの。これを否定されるのが、一番堪えるとの考え方なんやろうね。
確かに、豊かになった中国国民は、実際問題として、中国共産党の一党独裁支配体制を嫌っているのだろうという、読みがある。
それが証拠に、海外に出ていく中国人の数は多い。
土地の所有が認められてない中国では、将来不安がある。
だから、海外の土地を買い漁り、資産保全を図りたい意図がある。
普通こんなに、国内に不満分子が増えてくると、国の内部から、政権批判が大きくなって、一党独裁が崩れるものであると、民主主義国では、考える。
ところが、中国は、自国民を厳しく監視し、強大な人民解放軍という、現実とは真逆の名前の軍隊で、内紛を抑え込んでいる。
国民に政府に歯向かうことを諦めさせる作戦で、ずっと維持されているのが、この国の特徴なんやね。
ある意味、軍事政権と資本主義のええとこどり。
国内に、この大きな矛盾を抱えながら成長させる。
これが、今の中国の成長モデルなんやね。
この考え方は、自由主義社会の国の陣営では、否定される考え方。
国民の自由意志が反映されないような国は、近代国家では考えられないって事なんやね。
中国が変わるには、大きなきっかけが必要になる。
ひょっとしたら、この国を割る結果になることが、この国の今までの歴史の繰り返し。
ウィグルやチベット問題を契機にしても、なかなかこの国の体制維持は手堅い。
歪なまま、肥大する中国に、我々は、細心の注意を払いながら、対峙していくしかないのやね。