教師のプライド
公立校の教員の方たちには、残業代というものがない。
その代わりに、教職調整額制度というものがあって、賃金に上乗せされている。
ただ、このことから、教師は、定額働かせ放題になっているのではないかという、批判もある。
実際、先生方のお仕事は、授業の準備であったり、自己研鑽もあって、世間一般の厳格な時間管理にはなじまないという考え方も有るのやね。
先生方のお仕事を選別するのに、勤務という呼び方が相応しいか、労働が相応しいのか。
日教組のような組織ではストの時に、我々も労働者だと言い、こんな時は教職は聖職であって、労働という呼称は馴染まないと、二枚舌になっているのやね。
もともと、日本の教育は、戦後大きく変わっている。
戦争に負けた日本は、米国の厳しい管理のもと、日本独自の教育は、封じ込められてしまった。
軍国主義に走らないように、より厳しい民主主義教育が求められた。
こんなGHQの政策と、日教組の思惑が不思議と合致して、今の日本の教育制度の基礎になっているのやね。
でも、先生だけ特別扱いというのは、さすがに時代の流れには、取り残された感があるのかもね。
教職のなり手の減少には、長時間勤務の解消は、不可欠なはず。
逆に先生には残業代がつかなかった方が、今の時代に逆行していたとも言えるのやないのかな。
今の石破政権が真っ先に先生の残業代を支払うことに手を付けたのは、こんな時代背景があったのやね。