生きがいスポーツ
今週の月曜日、パリで開催されていたパラリンピックが開幕した。
障害者の人たちだけの五輪も、今までの色眼鏡を掛けたような、「哀れみ」の目で見るのではなくて、より本格的な障害者スポーツとしての価値とレベルが上って来ていて、見ていて感動するものも多くなった。
普通の五輪が、スポーツ選手たちの最高のパフォーマンスを「見る」要素が強いのだが、パラリンピックは、プレヤーの人たちが、自分の生きがいを突き詰めて、「やる」スポーツになってきたと、私は思うのやね。
だから、少しだけ感動の視点が違っていて、本当はこれが同じになればよいのかも知れないけど、この差がなかなか埋まらない。
これは多くは見ている人の中にある障碍者への差別意識の問題に近いのやろうね。
ただ、今の世の中、明日にも、普通の人が、あっという間に、事故などで、障害のある状態になるとことは、無いと言えないのやね。
その障害を乗り越えてスポーツに取り組む選手たちのすごさ。
プレーへの執念は、健常者の何倍もの努力によるものが大きい。
障害があるから、ではなくて、障害のおかげて活躍する場を見出した人たちの力は、尊敬に値するものやと思うわ。