勤勉じゃない日本人
今年の4月から、年間960時間以上の残業禁止。
年間の出勤数が250日と仮定すれば、1日あたり3.84時間以上は残業してはダメ。
2024年問題がこの4月1日から、現実のものになりつつある。
この事を、他の国の人は、どう見ているのやろうかね。
馬鹿な日本人は、自分で自分の手足を縛るのが好きだね。
なんて、言ってそうやね。
勤勉で無くなった日本人って、競争力あるのか。
自由主義国なのだから、多く稼いだ人が、多くのマネーを得られるってこと。
世界のどの国でも、大原則やわな。
多くのお金を稼ぐために、時間をかけないと得られない人と、そうではなくて、時間を効率的に使って、頭を使って、より多くのお金を稼ぐ人がいる。
時間という尺度は、実は、労働の対価としての、単位としては、あまり大事ではない尺度のはずなんやね。利益と比例しないから。
時間をかけても、多くの利益を得られない仕事と、そうではない仕事があるのやから。
労働の価値を時間に換算する方法っていうのは、実は、極めて、便宜主義的な考えなんやね。
そして、これで、測られる労働っていうものは、実は、あまり、利益が得られないものが多いのやね。
なのに、一律的な物差しで、労働の価値を時間なんかで、決めつけてしまうのが、お役人さんたちの、やりやすい労働行政になっとる。
現実の仕事の現場では、全然違う価値観で仕事をしていることが多いのやね。
何でも、強引に、時間で労働を、ひっくるめてしまうやり方は、私は、無理があると思うのやね。
他の国では、時間で働く人は極めて、収入が低く、成果主義で稼げる人は、相対的に収入が良い場合が多いのやね。
翻って、日本の仕事を振り返ってみたら、実は、極めて、家族的な経営環境で、労働の関係が極めて日本的なところがほとんどやった。
言い換えたら、仕事中心主義で、家庭を顧みなかったのかな。
その代わり、利益と言う物差しがすべてで、頑張れば頑張っただけ、出世が出来て収入も上がった。
よくよく、考えたら、日本人のお給料が上がらなくなった本当の原因は、日本人が昔ほど、一生懸命働かなくなって、勤勉では無くなったことに、重く起因しているのかもね。
この事に気づいているのに、気付かないふりをした。
週休2日制で、多くの公務員や、大企業の社員さん、学校の先生は土日休みになった。
休暇の数が格段に増え、祝日も倍増したような感覚。
そら、仕事量がこれだけ減れば、給料上げられるはずもないわな。
結局、下請けの中小企業やら、非正規の社員、パート、アルバイトに、いろいろな意味での、仕事のしわ寄せを持って行っただけ。
勝ち組さんと負け組さんを、分けたために、格差は増え、貧困も増えた。
世界の働き方の標準は、稼ぎたい人が頑張れば、頑張っただけ、稼げるのが当たり前なんやね。
ところが、今の日本は、国や自治体が、頑張ろうと言う人たちを取り締まって、頑張らせなくしている。
何がおかしいのか、もう、分からなくなっているのやないのかな。
過重労働の心配をするより、大して稼げなくなって、貧困になることの方が、はるかに怖い事やという、当たり前の事すら、見えなくなってないか。