逃亡生活45年 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

逃亡生活45年

 先週、神奈川県内の病院に偽名で入院していた男性が、自分は1975年の連続企業爆破事件で重要指名手配されている桐島悟であると、カミングアウトしたそうな。

 

 その男は、死ぬ時ぐらい、本名で死にたいと、話していたそうな。

 

 この男の直接の嫌疑は、銀座のテナントビルに入っていた、韓国経済研究所の入口扉に、手りゅう弾を仕掛けて、爆発させたというのやね。

 

 それにしても、45年間。

 

 よく、警察に捕まらずに、逃亡生活を続けられたものやね。

 

 この男性は、1年ほど前に、末期の胃がんであると、余命宣告を受けていて、今年1月になって、入院したとのこと。

 

 もう、どうせ死ぬから、どうでも良くなったのやろうけど、死ぬ間際のカミングアウト。

 

 どうして、45年間も、世の中を騙し続けられたのやろうね。

 

 多分やけど、警察署の前に貼ってある、指名手配ポスターにも、載っていた人なんやろうね。

 

 今年70歳というから、私の3つ上。

 

 ということは、昭和28-29年生まれぐらいの年代かな。

 

 学生運動のドストライクの時代からしたら、ちょっと後の感じかな。

 

 安田講堂が1969年やから、それより、5年ほど後。

 

 東アジア反日武装戦線っていう組織に入っていたというから、学生運動の残党の年代やね。

 

 連続企業爆破事件は、1975年。

 

 三菱重工ビルの爆破では、8名の方がお亡くなりになって、380人がお怪我をされている。

 

 日本は、アジア侵略の元凶だとして、旧財閥系企業やら、大手建設会社などが、それに加担したと、過激な爆破活動をやっていた時代。

 

 左翼に非ずんば、インテリに非ずの時代やったからね。

 

 そんな人たちが、45年後の日本にタイムトリップしたかのように、正体を現した。

 

 浦島太郎も、お爺さんになっていて、寄る年波と、癌には勝てなかったってことやわな。

 

 この男、1月28日に死んだそうやね。

 

 死期を予感していたのやろうね。