ライドシェアは怖い
日本でも、タクシーの運転手不足をなんとかしようと、自家用車を使ったライドシェアが検討されている。
ほとんど一人しか乗ってない車がもったいない。その理屈は分かるのやけどね。
郊外の住宅地から、都心のビジネス街に通うタイプの米国のライドシェアの文化が、日本に相いれるかどうかやね。
強盗・レイプなどの犯罪がらみも怖いし、もともと、一人だけの独占空間に、赤の他人を乗せようというのやから、その人たちを信用していいのかどうか。それが怖いのやね。
費用の負担のルールも、まだまだ、日本では、未成熟。
何か、テストケースをどこかの街でやってみるのも、良いのかもね。
ただ、これからの車って、私は、もっと小型化して、自動運転化していかないのかな。
2025年の万博では、無人のレベル4の自動運転車が出てこないかなぁと、思っているのやね。
車と車がぶつからない技術は、もう確立されつとあるのやから、それをいかに、効率的に動かすか。
バスが小型して、スマホで行き先を指定したら、最適解のルートで、人や荷物を運んでくれる世界は、もう近くまで来ているような気がするのやね。
そうなりゃ、ライドシェアというより、2名定員ぐらいのビークルが、公共交通機関として、整備されそうな気がするのやね。もちろん、無人で。
そのビークルが一定速度で、効率的に移動して、人や荷物を運んでくれる。そんな便利な未来が見てみたいね。
そうなりゃ、ドライバーはもちろん、広い駐車スペースやら、交通信号ですら、コンピューター制御で、最適解をAIが導き出してくれる。
私が生きているうちに、こうならんかな。