監視社会
どっかの県で、子ども達だけのお留守番は、虐待という条例が出来掛けた時に、議会に詰めかけた人たちの中に、隣組のような、相互監視社会に反対というのがあった。
お隣の家は、子どもさんだけで、留守番をしていると、密告しなさい・・なんていう、馬鹿な法律は、結局、通らなかったけど、このときの、戦時中の隣組感覚・・って言葉、久しぶりに聞いたわ。
中国が街中に監視カメラが有って、全国民のスマホ決済を奨励しているのも、誰かが、国家に反発するような動きをしないかどうか、監視しているのやという。
中国のように、中国共産党一党独裁の国では、個人の行動は、国家によって、監視されることを、容認しているとも言えるのやろうね。
ところで、日本では、そんなことには、目くじら立てて反対する人が多い。
リベラル的な人でなくても、誰かに、何でも自分の行動を掌握されることは、誰でも、嫌やわな。
ただ、SNSの発達した日本で、みんながスマホを持っている社会って、何か騒ぎがあれば、反社的に動画を撮るのが好きな人がいるのやね。
これって、固定の防犯カメラの他に、何か、撮影される可能性のある機器を、皆が常に持っている、別の意味での監視社会になっているのではないかとも、感じるわな。
先日もテレビ朝日の、朝の番組を担当するニュースキャスターの人が、同僚らと、お酒を飲んで路上で抱き合うシーンが撮られて、謹慎させられたニュースがあった。
お若いのだから、たまの息抜きで宴会で盛り上がって、酔っぱらうのぐらい、ええやないのと思うけどね。
誰だって、人生のうち、一度や二度、酒で失敗することぐらいあるやないの。
繁華街で、目だったら、誰に撮られているか分からないから、注意は必要なんやろうね。
だけど、何でもカンでも、SNSにあげちゃうのって、皆が、自分で自分たちの周りの空気を、息苦しいものに、しゃちゃっていることになるのやけどね。
バレなければいい。隠れて騒げばいい。いろいろ、ご意見はあるやろうけど、若気の至りも許せない。
そんな、みなさんも、何様やと思うけどね。
もっと、緩くてええのやないかって。