都会に住むということ
京都市左京区の松ヶ崎駅近くで、大規模なマンションの建設が始まっている。
ところが、またいつもの通り、京都の共産党などが、静かな住環境を壊されると、反対運動をしようとしている。
私ね。ほんと、止めて欲しいのやね。地域エゴは。
昨年、日本一、人口が減少した都市になった京都市。
若い人が結婚して京都市内に住もうと思っても、土地の値段が、バカ高過ぎて家を買えないのやね。
そら、5000万円無いと、京都に住めないってなったら、京都市内に住む人からしたら、とても高いハードルになってしまっている。
何でも、計画されているマンションは5階建てなんやという。その規模が大きいから、威圧感があるやて。
中京とか、下京に住んでいる人に、そんなこと言ってたら、笑われるで。
みんな、威圧感だらけの、高層マンションの谷間で、生きているのやから。
これ、住んでいる人たちの特権だと勘違いしている人が多すぎないか。
新しい住民が増えると、自分たちの生き方が変えられてしまう。
それを恐れられているのやろうけどね。
街って、生き物のようなもの、なんやから、人が生まれ死んでいく。
徐々に、その構成メンバーは、新陳代謝が起きて、変わっていくのが、正常な姿やと思うのやね。
まだ、都会は、その地に住みたいと思う人が多いから、ええけど、過疎に悩む地域もあるのに、ぜいたくな悩みやと思うのやね。
年寄りだらけの街に、新婚さんが住みだして、新しい学校が整備され直したり、街に、魅力的なお店や、便利なお店が増えたりしたら、街が活性化する。
都会に住む人たちは、この恩恵を受けるのだから、デメリットには、ある程度は目をつぶるべきやと思うのやね。
そして、どうしても、その変わってしまった街に住みたく無くなれば、都落ちするしかない。
これが都会のルールやと私は思うけどな。