京都の塔
先週、沖縄を訪ずれた時に、沖縄本島の宜野湾市にある、嘉数(かかず)公園というところに立ち寄った。
京都人なのに、正直、この京都の塔の存在を私は、知らなかった。
沖縄戦で、京都出身の部隊が、米軍との激戦を繰り広げてお亡くなりになった方、2536柱が祀られている。
この宜野湾にある日本軍の陣地は、最初の沖縄戦が始まった地。
他の部隊が沖縄南部に集中しているのに、京都出身の将兵の慰霊塔だけが、この地にある。
この嘉数高地という場所は、普天間飛行場を眼下にとらえることが出来る、要衝の地にある。
まだ、本土決戦の準備が出来て無かった日本軍にとって、沖縄戦は、少しでも、時間稼ぎをするための戦い。
小高い丘には、トーチカの跡やら、砲撃の凄まじさを伝える壁などが残る。
40日以上も、この高台を死守して、亡くなった方たち。
この地からは、米軍のオスプレーたちが、駐機している姿が見える。
思わず、手を合わせてしまう、そんな、京都の塔である。