党員除名は共産主義体質
京都の共産党で、党首を、公選で選ぶべきと、訴えた方が、何と、党から除名されてしまった。
もともと、共産主義には、独裁的なカリスマ指導者と、皆が、それに従うと言う体質がある。
体制を維持するためには、首を切る体質。
民主主義とはかけ離れた感覚があるのやね。どこかの国を見なくても。
共産主義の姿勢は、権力を一極集中して、異議を認めないところにある。
建前だけ、民主主義を唱えるけど、優秀なトップを支えて、その力を増大させることによって、大きな効果を得ようとするところがある。
だから、ある意味では、発展途上にある国では、共産主義は、有利に働くことが多いのやね。
ところが、民主主義意識が高くなってくると、共産主義のトップは、少数意見を無視して、自分が下した判断を推し進めてしまう。
そして、当然の帰結として、反発が起こってくる。
だから、内部から崩壊してしまう。これが、歴史の結末なんやね。
ソビエトの崩壊を見ていると、今の、ウクライナ紛争が、ロシアの夢の失敗を、塗り消そうとしているように見えて仕方がないのやね。
人は、一度は、皆が、平等に暮らせる社会という、ユートピアを理想の社会だと、勘違いするもの。
そこには、平等はあるけど、競争が無くなって、人は怠惰になり、腐敗し、国が衰退する。これを人類の歴史は繰り返しているのやね。
競争がなければ、誰も努力しなくなるし、努力が無ければ、社会が良くならない。
これが、歴史の現実なんやね。今の日本はどうなのかな。
格差があかんと、言っているうちは、日本の下落は続くで。
早く、格差が成長を産むことに早く気づかないと、手遅れになってしまうのかもね。